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いきなり大きな音を立てて扉を開けて入ってきたレイチェルに一瞬目を丸くしたアンジェリークだったが、すぐに嬉しそうに彼女に笑いかける。

「レイチェル、久しぶりね〜元気だった?」

話しかけられたレイチェルはというと、どれだけ走ってきたのか、かなり息を荒くして目を見開き、アンジェリークを凝視している。
「あ…アナタ、余命数ヶ月って状態じゃなかったの?!」

(あー…レイチェル、貴女もですかー………)

ルヴァは二人のやり取りをアンジェリークの隣で眺めながら思った。
激しく動揺しているレイチェルの目には、まだルヴァは映っていないらしい。
ルヴァは先ほどまでの自分を目の前のレイチェルに重ねて、思わずため息をついて目を閉じた。

しばらくしてようやく、アンジェリークの隣で静かに佇むルヴァに気付いたレイチェルは、問わずにはいられなかった。
キッと強い眼差しで睨み付ける。

「ルヴァ様…どうしてあの時、この子を行かせてしまったんですか?!」


そしたらアンジェリークが難病に冒されることはなかったのに―――レイチェルの瞳はそう訴えていたが、話を聞いているのかいないのか、じっと目を閉じているルヴァには見えていない。
その姿はまるで、祈りを捧げている様にも見える。
――実際は『あの時』の事が原因で、つい先程周囲に嵌められた事を思い出していたが――

「あの…レイチェル?」
おずおずと躊躇いがちに声をかけるアンジェリークに、レイチェルは改めて目を向けた。
(こんなにやつれちゃって…あの時この子がどう言おうと、一緒に連れてくべきだったわ)
そう考えて瞳が潤むレイチェルに、必死な顔でアンジェリークは伝えようとする。

「あのね、ルヴァ様は全然悪くないでしょう?私が、あの時家族を選んだから、ルヴァ様はそれを尊重して下さっただけなのに――」

アンジェリークにそう言われたレイチェルは、それ以上何も言えなくなった。
(……って、まさか『あの』雰囲気で、お互い未だに片思いだと思い込んでるわけ?!この二人、一体どこまで………あー…何だか眩暈がしてきた……………)
女王試験中の二人の雰囲気からしてお互い流石に相手の想いに気付いているだろうと、そう思い込んでいたレイチェルは、片手でクラクラする頭を抑えながら思った。

目を閉じて二人の会話に耳を傾けていたルヴァは、アンジェリークの言葉に胸が熱くなったが、今は病気の対策が先だと思い直し、ゆっくりと深呼吸をして、気持ちを落ち着かせた。
(とりあえず、その事は置いておいて、今後の対策を考えましょうかねー…)

「お久しぶりですねー、レイチェル。先ほど貴女がおっしゃった通り、アンジェリークの命は、このままでは危険です。ですから私が遣わされたのですよー」
本人の前で話すのはどうかとも思ったが、天才と名高いレイチェルもいるのだ。
(…絶対に、死なせはしません)
少なくとも、意識不明の重態と聞かされた時よりは、希望が見えてきた。
――ルヴァは自分の中で、カチリとスイッチが入ったような気がした――

アンジェリークに、見る人を安心させる様な温かい笑顔を向けて、ルヴァは言った。
「あー、アンジェリーク。私はこれからその病気の対策をする為に、王立研究院に行きますからー…レイチェルとゆっくり話をしていて下さいねー?」
「なっ?!」

レイチェルはアンジェリークを置いて行くルヴァに再び非難の眼差しを向けたが、彼の瞳が今まで見た事が無いほど真剣なのに気付いた。

「決して、貴女を死なせはしません……」
いつもより低めの声ではっきりと告げるルヴァに、アンジェリークの心は今まで以上に、ときめいていた。

(どうしよう…今すぐ死んでもいい位、幸せ………)

実際にそうなったら、彼や親友、家族が嘆き悲しむ事になるのだが……こんな時に不謹慎だと自分を責めながらも、アンジェリークは今までの人生で最高の幸せを感じていた―――





王立研究院に着いたルヴァは、すぐさま現在問題の難病について、分かっている限りの情報を集めさせた。

(私やレイチェルが彼女に面会出来たという事は、空気感染はしないと思ってましたが…やはり感染力は強くない様ですねー)

ふむ…と書類に目を通して、自分の予想が間違ってなかったと知る。
もし感染力が強い病気ならば、彼もレイチェルもアンジェリークに会えなかっただろう。
何故なら、彼はこの宇宙全ての民の為にあるべき『守護聖』であり、レイチェルは新たに生まれた宇宙の為にあるべき『女王』だから。
難病に罹ったアンジェリークに近づくのは、本来『守護聖』としてあるまじき事。
それでも焦がれる程会いたかった彼女の姿を見て、自分の心を抑える事が出来なかった。

ルヴァは自嘲的な笑みを小さく零し、気を取り直して書類に意識を集中させ、必要な情報を素早く読み取って、現状を把握していく―――
傍からは、パラパラと捲っている様にしか見えないだろうが、実際は書類に書かれた内容の中で、必要な単語のみを拾っているのだ。
これは、ルヴァの深遠たる知識のなせる技の一つであろう。
常日頃から、数多くの研究書類に目を通しているからこそ、読み落とす事は無い。
どこを読めば必要とする情報が書かれているのか、彼には予想がつくのだ。
元々の知識量が半端ではないので、そうして読むとスピードは恐ろしく速い。

(アンジェリークのご両親は感染していない。加えて主星での感染者は今のところごく僅か…という事は、彼女だけが接触した『何か』が感染源……と考えるのが妥当でしょうねぇ………どうやら彼女の通うスモルニィ女学院に、他の感染者はいないようですし―――)

考えながらも書類を読む速度は変わる事無く、次々に内容を頭に入れていく。
ふ…と顔を上げたルヴァは目の前にいる、書類の束を抱えた研究員に訊いた。

「この病気の感染者のほとんどが、発症前の数ヶ月以内に同じ惑星へ、旅行に行きませんでしたかー?」

確か、アンジェリークの母は娘を気分転換させる為に、家族で旅行に出かけたと言っていた――その事を思い出したのだ。
研究員はルヴァに問われて、さぁ…と首を傾げた――違っているのだろうか?

「今、感染者リストと各旅行会社その他の乗客リストをお持ちします」
ルヴァの背中に声がかけられる――エルンストだ。

「ありがとう、エルンスト。それと調べて欲しい事があるんですけど――」
捲っているのと変わらない様な速さで書類に目を通すルヴァは、振り向かずに言う。

「アンジェリークの家族が旅行に行った惑星に生息している動物と保有している菌及びウイルス、ですね?」
エルンストがルヴァの言わんとする事を察して言う。
ええ…と頷くルヴァは内心、流石…とエルンストに感心していた。

「そちらの方も現在調査を進めております。じき書類をお持ちします」
エルンストの方も、ルヴァの対応の正確さに舌を巻いていた。
(流石だ…知恵を与える守護聖は伊達じゃない)

ルヴァがアンジェリークの家族の話に注目したのは、単に彼女を想っているからではない。
女王候補ともなれば、試験の前にかなり厳しい健康診断が念入りに行われる。
その際あらゆる方面から心身ともに健康かを診断され、今後罹りやすい病気に関しても、遺伝子レベルで調べられるのだ。
加えて病気とは無縁の場所である聖地で試験が行われた為、試験後の生活が関係しているとしか思えない。
この為にルヴァは王立病院へ向かう直前、外界で試験終了後どれ程時間が過ぎているのか尋ねていたのだ――動揺しながらも。

「あー、エルンスト?本来専門外なのに、何故貴方がこちらに?」
ルヴァは気になっていた事を尋ねる――が、やはり書類を読む速度は落ちていない。
その様子を眺めながらエルンストは答える。

「間接的には新宇宙に関係ある事ですから……レイチェルの親友を放ってはおけません」

ルヴァには見えていないが、エルンストは少し顔を赤らめている。
ルヴァは彼らが親しかった事を思い出し、なるほど…と納得した。
そんな会話をしながらも、書類の山を驚くべき速さで片付けていくルヴァの姿に、書類持ちをしていた研究員は、賞賛のため息をついて憧れの眼差しを向けていた。


ルヴァが出て行った後の集中治療室では―――
しばらくして、レイチェルはアンジェリークの方に目をやった。
親友は未だ、彼の去った扉を見つめて胸の前で両手を組み、ぽー…と顔を赤らめている。
「アナタの病気、相変わらず……というか、前より酷くなったんじゃない?」

『病名:恋の病。乙女チック症候群併発』

レイチェルによる診断結果だ。もちろん病名云々までは口に出さなかったが。
そんなレイチェルの声に、ようやく気付いたアンジェリークは、え?と首を傾げていた。
現在問題になっている難病のことかと思ったのだろう。
親友の無自覚ぶりに、レイチェルは苦笑いをする。

「何でもないよ。それより久しぶりに会ったんだから、今までどうしてたか聞かせてくれない?」

新宇宙についての話もしたいしさ…と続けるレイチェルに、笑顔を見せてアンジェリークは、うん! と嬉しそうに頷いた。
少しやつれてはいるが、変わらぬ親友の笑顔を見ながらレイチェルは思った。
(きっと、ルヴァ様について熱く語るんだろうなー…)
レイチェルのその予想は、女王候補だった頃から、外れたことはなかった。
だからこそ、どうしてもアンジェリークに訊いておきたい事がある。

「ねえアンジェ。アナタ、ルヴァ様の事が今でも好きなんでしょ?それならどうして、あの時元の生活に戻っちゃったの?」
レイチェルのその言葉に、アンジェリークは寂しげに微笑んで言った。
「レイチェル…ありがとう、心配してくれて。試験の終わり頃に私、ずっと悩んでたの。『このまま家族と離ればなれになってもいいのか』って……………」

レイチェルはアンジェリークの告白を聞いて、試験中の事を思い出した。
「……そういえば、それまで私に勝ってたのに、急に育成が進まなくなってたね。……………それが原因だったの?」
アンジェリークは、こくんと頷いて少し俯く。
「うん……ルヴァ様や他の守護聖様方からご家族のお話をして頂いた時、皆様寂しそうな瞳をされてたの。本当に、家族を大切に思ってらっしゃるって分かって、私も家族が好きだから…………………余計に、分からなくなったの」
アンジェリークはそこまで言うと、辛そうに顔を伏せた。

「何が、分からなくなったの?」
追い詰めない様に、努めて優しい声でレイチェルは尋ねる。
アンジェリークがあの頃、自分にも誰にも相談せず悩んでいた事が気になった。
あの頃に彼女の悩みに気付いていれば、もっと違った結果になっていたかもしれない。
今更言っても仕方の無い事ではあったが―――

アンジェリークは静かに顔を上げて、何度か深呼吸をしてから、話を続けた。
「あの方の事が、どれだけ好きになってたのかが、分からなくなったの………家族も、レイチェルと新宇宙も、あの方も、大切だから……苦しかった。苦しくて、切なくて…そんな自分の感情を、ずっと持て余してたの………でも、あの方が私と同じ意味で、私を好きでいて下さるとは、とても思えなかった。だから私は、家族を選んだの……………自分の気持ちに、けじめをつける為に――」

途切れ途切れに、アンジェリークは呟いた。
その細い肩は、小刻みに震えている。
堪え切れずにぽろぽろと零れた涙は、真っ白な病院のシーツを濡らしていく。
「アンジェ……………」
レイチェルは思わず、アンジェリークの肩を抱いた。
「ごめんねアンジェ…私の方こそ気付かなかった。あの時のアナタの気持ち、今まで分からなかった……ごめん…ごめんね………」

見ていて気の毒になるほど恋には不器用で、家族を本当に大切に思っている彼女だから、さぞ辛かった事だろう―――

アンジェリークはレイチェルの頭を撫でると、ふわりと笑った。

「ありがとう、レイチェル。でも気にしないでね?私が言わなかったんだから……ふふ。結局家に帰ったはいいけど、余計にルヴァ様への想いが募っちゃって、王立研究院に入ろうと思って猛勉強始めたのよ。まさかもう一度お会いできるなんて、夢にも思ってなかった。だから最後にルヴァ様とレイチェルに会えて、私は幸せ――」
アンジェリークが最後まで言い終える前に、レイチェルは思わず怒鳴ってしまう。
「縁起でも無い事言わないでよ!!ワタシがどんな気持ちでここに来たと思ってるの?!」
「レイチェル………」

泣きながら怒鳴る彼女に驚きながらも、アンジェリークは真っ直ぐに彼女の瞳を見る。
(あの時レイチェルに、何も言わずに家に帰ろうとしたのを怒られた時と似てる―――)
そんな事を思いながら、アンジェリークはレイチェルの言葉に耳を傾けた。
目を逸らさずに彼女の話を聴く事が、精一杯の誠意だと思ったから………

レイチェルは涙を拭おうともせずに、アンジェリークに訴えかける。
「それに、ルヴァ様だってさっきおっしゃったでしょ!?『決して貴女を死なせたりはしません』って!あんなルヴァ様の顔、ワタシ初めて見たよ!!」

アンジェリークは瞳を閉じて、先ほどのルヴァの言葉と表情を思い浮かべた。
彼女もあんな彼の瞳は初めて見たのだ――穏やかな笑みだが、強い意志を秘めた瞳を。
「……そうね。まだ、諦めちゃいけないのよね。ごめんね、レイチェル。あの時私は、あなたやルヴァ様よりも家族を選んだから……だから、もう一度会いたいなんて虫の良すぎる願い、叶うはずないと思ってたの……………」
「だから、王立研究院を目指して猛勉強を始めたってワケ?」

レイチェルが呆れた顔をして尋ねる―――涙が頬を伝ったままで。

「うん。試験中にレイチェルが言ってたでしょ?『王立研究院には地の守護聖様の肖像画を飾ってる所が多い』って。それにあなたや新宇宙の為に、何かできるかもって思ったから」

にっこりと安心させるように笑って、アンジェリークはレイチェルの涙を拭いた。
レイチェルは、ばつの悪そうな顔をして、照れ隠しに拗ねた声で呟く。

「その潔さと根性は素晴らしいと思うけどさ〜。一言、言ってくれれば良かったのに……」
「うん……ごめんね?」
上目遣いにレイチェルを見上げ、両手を合わせて『ごめんなさい』と謝る。
レイチェルはため息をついた。
アンジェリークのこの顔には弱いのだ。

「それはもういいよ。アナタの真意が聴けたから。それより絶対、諦めちゃダメだよ?病気も、あの方の事もね……今度また自分から諦めたりしたら、本気で怒るから!!」
レイチェルは冗談ぽく言ったが、その瞳は真剣そのものだった。
それは勿論、彼女から決して目を逸らす事無く、じっと話を聴いているアンジェリークにも分かった。

「レイチェル…分かったわ。私、頑張ってみるね」
にこっと笑ってアンジェリークは約束した。
その笑顔は、少しやつれてはいたが、レイチェルを見惚れさせる位、綺麗だった―――
(アンジェ…ルヴァ様もきっと、アナタのその笑顔が大好きだと思うよ?私……………)
――二人とも最初から想いを諦めさえしなければ、きっと想いは通じただろうから――
レイチェルは、アンジェリークの想いが今度こそ、実ってくれる事を願った。
(でもちょっと悔しいな…。アナタにこんな笑顔させてるのが、ルヴァ様だってのが)