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新宇宙のレイチェルに、ロザリアから知らせが届く少し前のこと。
金髪の女王・アンジェリークの宇宙にある聖地では、謁見室で女王と補佐官、守護聖達による緊急会議が開かれていた。
会議の内容は、最近問題になりつつある原因不明の病気について――
突然集められ緊張した面持ちの守護聖達に、女王補佐官であるロザリアがそう切り出した。
「…発症後、急速に全身の機能が衰えて半年ほどで死に至り、未だ原因は不明。そして、今なお患者は増え続けている―――か。確かに宇宙規模で蔓延する前に、早々に手を打たねばならぬな」
深刻な面持ちで発言するのは、光の守護聖のジュリアスだ。
神妙に頷いて、アンジェリークと同じ名前の金の髪の女王がきっぱりと言う。
「感染者の中には、彼女――アンジェリーク=コレットも含まれていると、エルンストからの報告にあったわ」
ドサッ
静まり返った謁見室に大きく響いたその音のした方に皆が視線を向ける。
そこには普段穏やかな笑みを絶やさない、今現在は顔から血の気が完全に引き、目を見開いたルヴァの姿があった。
その足元には、先ほどの音の原因と思われる厚い本が落ちていた。
「……彼女は、今、どうしているんですか………?」
かなり動揺しているのか、震える声で問いかけるルヴァの手は、やはり小刻みに震えている。
「報告によれば、つい先月発症して倒れたそうよ。その後主星の王立病院の集中治療室に移されて――意識不明の重態とか……」
ロザリアが少し言いにくそうに、その問いに答える。
「王立研究院でも原因を調査中だけど、難航している様なの……。すぐに行ってくれるわね、ルヴァ?」
「…わかりました」
ルヴァはできる限りで動揺を抑え、今度ははっきりとした声で答えた。
「王立病院は王立研究院の近くにあるから、先に病院に行くのよ?エルンストが病院で待ってるわ」
いつになく真剣な表情で確認をする女王は、更にこう続けた。
「報告が届いてすぐに外界と時間の流れを一致させたから、安心していいわ」
そして、にっこりと笑った。
「今度こそ、自分から諦めたりしないで、悔いの残らない選択をするのよ?」
どうやら女王も、二人のことを気にしていたらしい。
――勿論他の守護聖たちも例外ではなく――
その中で、ルヴァと特に親しいゼフェルとオリヴィエが同行することになった。
「そんなヨロヨロしてるオメーをほっとけるかよ」と言うゼフェルと、「アンタまで倒れちゃったら、元も子もないからワタシも付いてくよ」と言うオリヴィエの真剣な眼差しに、他の者は皆、遠慮したのだ。
「……陛下。女王試験終了後、外界ではどの位経っていますか?」
真剣な顔でルヴァが問う。先ほどよりも落ち着いた声だ。
「まだ、あれから一年と経ってはいないわ。……私の妹分をよろしくね」
その言葉に、ロザリアや守護聖たちはこの前の試験中の事を思い出し、苦笑いをする。
ジュリアスだけは、女王の言う『妹分』の意味する所を理解していなかったが――
聖地のお目付け役であるジュリアスは知らない事だが、この女王は試験中、時々こっそりと女王候補たちの所へ遊びに行っていた。
ロザリアや他の守護聖たちはその事に気付いていたが、執務に響く事が無かった為に、敢えて見て見ぬふりをしていたわけだ。
それはさておき、こうして三人は王立病院へと向かう事になった。
一行が王立病院に到着すると、入り口で待っていたエルンストが、アンジェリークのいる集中治療室の前に案内した。
そこにはアンジェリークの両親とおぼしき中年の夫婦が、悲痛な顔で長イスに座っていた。
「こちらが、アンジェリークのご両親のコレット夫妻です」
エルンストが三人に紹介する。
その声にコレット夫妻が顔を上げ、三人の方を見る。
アンジェリークの母――コレット夫人はルヴァを見て、はっとした顔をした。
「貴方は………地の守護聖の、ルヴァ様ですね?」
エルンストが紹介する前に、ハッキリと確認を取るように言うコレット夫人の言葉に、ルヴァだけでなく、ゼフェルとオリヴィエも驚いていた。
「あぁ…彼女の友人は王立研究院に勤務しているそうですから、ルヴァ様の肖像画をご覧になったのでしょう」
王立研究院には、地の守護聖様の肖像画を飾る所が多いので――
三人の驚きを察したエルンストは、そう説明する。
えぇ…と頷く夫人は、やはり母親だからか、雰囲気がアンジェリークに似ていた。
「女王試験の時は、娘が皆様に大変よくして頂いたそうで…」
ありがとうございます…と礼を言うコレット氏。
「実は、エルンストさんに無理を言って、貴方様とお話ができるようにして頂いたのです」
コレット夫人はルヴァをしっかりと見上げてそう言った。
「………お話、ですか?」
母親だけあって、アンジェリークにどことなく似ているコレット夫人にそう言われ、ルヴァは緊張しながらも、一体何の話をするつもりなのだろうと首を傾げる。
「……ワタシたちは先に王立研究院に行ってるからさ、ゆっくり話するといいよ」
オリヴィエが気を利かせてそう言い、ほら…とゼフェルを促す。
「………わーったよ」
ゼフェルも、気にはなったようだが素直に従った。
「それではルヴァ様、また後で…」
エルンストはオリヴィエ、ゼフェルと共にその場を立ち去った。
後に残されたのはアンジェリークの両親とルヴァのみ――――
「どうか、聞いてやってください……」
アンジェリークの母は、女王試験から帰ったその後の娘について、話し始めた。
コレット夫人は語った。
娘が、親友になったレイチェルと新宇宙の事をいつも気にかけていた事。
コレット夫人の友人が勤めている王立研究院の見学に行った際に、飾られていたルヴァの肖像画を、今にも泣き出しそうな顔で見つめていた事。
その後王立研究員になるべく猛勉強を始めた事などを………
「あの子、寝る間も惜しんで頑張ってたんです……気分転換させる為に、家族で旅行に行った時でさえ、勉強してた位に―――」
夫人は夫に肩を抱かれつつ、ハンカチで目元を押さえた。
「…そうでしたか………」
ルヴァは俯いて、そう言うのがやっとだった。
(あの時無理にでも引き止めていたなら…結果はもっと違っていたでしょうか……?)
少なくとも、今彼女の命を脅かしている病気に感染することはなかっただろう……それは確実に言えることだった。
あの時彼女を引き止めておかなかった事を、今ほど激しく後悔したことはない――
「あの…ルヴァ様?」
後悔の渦に引き込まれそうなルヴァを現実に引き戻したのは、ためらいがちに問いかけるコレット夫人の声だった。
「試験終了直前に、あの子にサンザシの枝を下さったのは、ルヴァ様ですか?」
どうしてそれを……と言わんばかりの驚いた顔で見つめるルヴァに、夫人はどことなくアンジェリークに似た笑顔を見せて言った。
「あの子が帰った翌日に届いた荷物に、大切にしまい込んでありましたから………アンジェリーク本人には、その枝の意味が分からなかったようですけど――」
と、そう続けるコレット夫人の隣では、妻の肩を抱いたままで、ルヴァに鋭い視線で無言の圧力をかける父親の姿があった。
あえてコレット氏と目を合わせないようにして、ルヴァは夫人の問いに答える。
「えぇ…あの枝を渡したのは、確かに私ですよ。貴女に会えて嬉しかったと、感謝の意味を込めて…ね」
すると夫人はくすっと笑った。余裕の笑み、そんな笑い方だった。
「サンザシの花言葉は『希望』ですものね……でも、本当に伝えたかったのは別の意味ではありませんか?」
アンジェリークの父親の視線がますます鋭くなっているのは、ルヴァの気のせいではないだろう……
「えーと、そのー………」
動揺し、焦るあまり、言葉がそれ以上続けられない。
まさか、アンジェリークの母に意味を読まれているとは思わなかった―――
「ルヴァ様がサンザシに込めた意味は、『唯一つの恋』でしょう?」
『その瞬間、周囲の体感温度が10度程下がった気がしました…』と、後にルヴァは語った。
これ以上誤魔化せないと観念したルヴァは、刺さるようなコレット氏の視線を感じながら、本当に伝えたかった想いや、自分がそれを伝えなかった理由を、二人に全て話した。
その会話の一部始終が、ルヴァの服に密かに仕掛けられた盗聴器によって、ゼフェル・オリヴィエ・エルンストの三人に聞かれているとも知らず――
全てを話し終えたルヴァは、ぐったりとしていた。彼には未だ、視線が突き刺さる。
反面、夫人は何故か嬉しそうな笑顔をしている。
「あのー、今はアンジェリークの容態が心配なんですけど………」
ルヴァの言うことも最もだった。
意識不明の重態なら、こんな話をしている余裕はない――――それが本当なら。
「あ、忘れてました。アンジェリークに会ってやって下さい」
夫人がにっこりと笑って、ルヴァを促す――何か言いたげな夫を笑顔で黙らせつつ。
(………何か、おかしくないですか?)
流石におかしいと思ったルヴァは、それでもアンジェリークが心配だったので、
微かに震える手で集中治療室の扉を開けた。
そこには意識不明の重態のはずのアンジェリークが、ベッドに身を起こしていた。
信じられないと言わんばかりの表情で目を見開いていた彼女が、変わらぬ声で呟いた。
「ルヴァ様………」
聖地ではほんの僅かな時間しか過ぎていないのに、何年もその愛らしい声を聞いてなかったような気がする。
ルヴァはアンジェリークの姿を真っ直ぐに捉え、彼女に向かってゆっくりと歩み出す。
アンジェリークも、呆然と見つめながら、彼が来るまでの事を思い出していた。
「貴女の病気は、最近惑星間で問題になってきている難病です。このままでは、発症後半年の命かと―――」
学校で授業中に突然倒れたアンジェリークが病院のベッドで目覚めた時、彼女と家族の前で医師はきっぱりとそう告げた。
最近何だか体調が優れず、足元がふらつくと感じていたが、夜遅くまで勉強しているせいだとばかり思っていたのだ。
「王立研究院からの要請で、貴女には研究院隣の王立病院に、転院して貰う事になりました。ここでは設備が十分ではありませんから―――」
医師の事務的な声が響く。
しかしアンジェリークには聴こえていなかった。
(私、このまま死ぬの……?レイチェルや新宇宙の為に、何か力になりたかったのに。あの方に言いそびれた言葉が、いっぱいあるのに―――)
翌日王立病院に移ったアンジェリークは、集中治療室に入れられる事になった。
「元女王候補の貴女に、是非とも協力して頂きたいのです」
女王試験中、お世話になったエルンストにそう頼まれたアンジェリークは、「私でも、皆さんのお役に立てるなら……」と微笑んで協力を約束した。
ちゃんと笑えているだろうか?と思いながら………
「貴女にとって一番の元気の源を用意してありますから、楽しみにしていて下さい」
エルンストはどこか困ったような顔でそう告げた――やはり、上手く笑えていなかったらしい。
それより彼の言葉の意味が、その時のアンジェリークには分からなかった。
今日の検査を終えたアンジェリークは、集中治療室のベッドで上半身だけ起こして、両手を胸の前で組んで静かに祈っていた。
(どうか…どうか私が死ぬ前に、夢でもいいから、あの方に会わせて下さい―――)
その時扉が開いたので振り向くと――会いたいと願っていた姿が、そこにあったのだ。
アンジェリークは未だ信じられない気持ちで、歩いてくるルヴァを見ていた。
彼が側に立つ。息遣いが感じられる程に、近い距離。
躊躇いがちに彼が手を伸ばして、頬に触れる。大きくて温かい、男性の手だ。
いつの間にか涙が出ていたらしく、彼の手が少し濡れていた。
「アンジェリーク……」
彼があの頃と変わらぬ優しい声で、自分の名前を呼ぶ。
労わる様に、いつもは本を持つ彼の手が、頬を撫でる。
きっとこれは夢。
守護聖である彼が聖地を離れる事など、そうそう無いのだから。
それでも……と、アンジェリークは手を伸ばして、頬に添えられた彼の手に触れる。
そうして、アンジェリークは微笑んで言った。
「夢でも……お会いできて嬉しいです、ルヴァ様」
アンジェリークの言葉に、ルヴァは手を彼女の頬に添えたままで笑った。
「私も、貴女に再び会うことが出来て嬉しいですよ、アンジェリーク。でもこれは夢じゃありませんから、覚める事はありませんねー」
確かに夢にしては、感触が随分とリアルだと思った。
夢だと思って大胆な事をしてしまったと、アンジェリークは頬を染めて手を離す。
その反応にルヴァも、彼女の頬に触れていた手を引っ込めて、顔を赤らめた。
しばらく二人はお互い頬を染めて恥ずかしそうにしていたが、ルヴァはどうしても訊かずにいられなかったことを訊いた。
「あ、あのー、アンジェリーク?意識不明の重態じゃなかったんですかー?」
―――おおよその見当は、既についてはいたが。
少しやつれているようだが、女王試験の頃より少し髪が伸びて大人っぽくなったアンジェリークは、首を傾げて答える。
「え?誰がそんなことを言ったんですか?確かに私の病気は、最近問題の難病らしいから集中治療室にいますけど、まだ意識不明になる程じゃないですよ?発症したのは先月の末頃ですし………」
ちなみに、今日はまだ月の一週目である。
(やっぱり嵌められたというわけですかー……)
ガクリと肩を落とすルヴァの予想は、見事に当たっていた。
確かに落ち着いて考えてみれば、発症後半年で死に至る病気でも、僅か一ヶ月足らずで意識不明の重態になる患者は少ない……勿論、皆無ではないが。
(そんな事に気付かない程、動揺していたんですねぇ……私は)
「貴女が意識不明の重態と聞いて…私は寿命が縮むかと思いましたよー」
実際何年かは縮んだだろう………余りにも心臓に悪すぎた。
ルヴァは大きく深呼吸をして、気持ちを落ち着かせようとした。
今日明日の命ではないが、それでもアンジェリークが例の難病に冒されているのは紛れもない事実らしい。
早くどうにかしなければ、彼女の命が危ういのは変わらないのだ。
ルヴァが今後の対策について考えようとした、その時―――
………ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダッッ
バターンッッッッッ
遠くから聴こえてくる足音がだんだん大きくなって、扉が壊れそうな勢いで開けられた。
「アンジェリーク?!」
肩で荒く息をして集中治療室に入ってきたのは、女王として新宇宙にいるはずのレイチェルだった。
彼女の後ろからは『病院の廊下で走らないで下さい!!』という、名も知らぬ看護師たちの叫び声が、空しく響いてきた――――――――――
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