―陽だまりをつれて―

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「これで…最後ね」

女王候補寮で与えられていた部屋で、最後の荷造りを終えた。
彼女の名はアンジェリーク=コレット。
新宇宙の女王を選ぶ為の試験を受けるべく、聖地に呼ばれた女王候補の片割れである。
つい先日、聖地の守護聖や教官たちの協力のもと、新しく生まれた宇宙に力が満ちて、もう一人の女王候補・レイチェル=ハートが新宇宙を統べる女王となったばかりである。

二人の育成は、最後までほぼ互角だった。

しかし若干優位に立っていたアンジェリークの育成が、急にはかどらなくなり、形成は逆転してレイチェルが女王となったのだ。
試験においてライバルで親友でもあった彼女から、新宇宙の女王補佐官にと望まれたが、アンジェリークには思うところがあって断ってしまっていた。

「ごめんね、レイチェル…私はまだ、家族と離れたくないの………」
ぽつりと、アンジェリークは呟いた。
 
目を閉じて、女王試験の間にあった出来事を思い出す――――――
聖地に来た日の事。慣れない環境で多くの人々に助けられ、精一杯頑張ってきた事。
畏れ敬うべき存在というよりは、普通の明るい女の子という印象の金の髪の女王陛下。
困った時に的確なアドバイスを下さった、才色兼備な青い髪の女王補佐官。
大きな力をその身に宿し、女王の側近くにお仕えする、個性溢れる守護聖の皆様。
新宇宙を安定させる為に、女王としての資質を磨くべくご指導頂いた教官の方々。
王立研究員の皆さん、面白い商人さん、占いの館の可愛らしい占い師さん。
女王候補寮でお世話になった方々、宮殿にお仕えしてらっしゃる方々。
天才少女の誉れが高く、優しくて不器用で、変な所で意地っ張り、でも自分のことを最後まで心配してくれていた………大事な大事な親友。
そして……………………………生まれて初めて好きになった、大切な人。

彼は守護聖の一人だった。
女王や補佐官と同様に、普通の人間より遥かに長い時間を生きる人――――――――
補佐官の座を蹴って元の暮らしに戻るということは、守護聖である彼との別れを意味する。
守護聖を守護聖たらしめている力の源であるサクリアが、いつ尽きるかは誰にも分からないから―――今生の別れといっても過言ではないだろう。
実際に守護聖は皆、家族との別れを経験している。
アンジェリークが家族についての話をすると、守護聖の誰もが皆どこか遠くを見るような瞳をするのだ。
――もう家族に会う事はないけれど、それでも大事に思う気持ちに変わりはない――
ひたむきに、家族を想う気持ち…それを彼らから感じ取ったアンジェリークは、改めて家族の大切さを思い知ったのだ――そして、自分なりに悩んで出した答。

家族も、親友も、新宇宙も、彼も、大切な存在だからこそ、誰にも相談できなかった。
――――彼が自分を好きでいてくれていたとしても、自分とは違う意味だろうけれど。
出来る事なら、ずっと一緒に居たかった。
一緒にお茶を飲んで、話をする―――そんなとりとめもない時間が、いとおしかった。
それでも、彼が見ているのは『女王候補』としての自分――――――――――――
分かっているから、口をついて出そうになる想いに蓋をするのが、苦しくなった。

何度か彼の事を、諦めようとした。
一度目は、彼へ抱く自分の気持ちに気付いた時。
『女王候補』として聖地に来ているのだから――と、あくまで『守護聖』への憧れなのだと、そう自らに言い聞かせようとした。
二度目は、定期審査で彼が自分の事を『女王にふさわしい』と言った時。
『女王候補』として、『守護聖』である彼の期待に、応えようとした。
そして…今回が三度目。どんな結果になろうとも、彼と一緒に居られなくなる時。
女王になっても、補佐官になっても、家族の元へ帰ったとしても――――――
彼の側には、いられないのだ。『女王候補』ではなくなるから。

女王や補佐官になれば、会う機会はあるかもしれない。
しかしこれ以上、自分の気持ちを抑え続けるのが、苦しくて、切なくて―――――
諦めるのに、疲れてしまった…………………………………………………………
想いを伝えれば、優しい彼はきっと、困った顔をするだろう。
受け入れられないから、それでも優しいから、言いにくそうに謝るだろう。
だから、彼に会える機会を、自らの手で絶ってしまった。
――――――――――――この想いを終わらせる為に、他に選べなかった。
だからこそアンジェリークは、自分の出した答を新宇宙に力が満ちる前に、彼に告げた。
慣れない環境での試験で戸惑うアンジェリークに、優しく包み込むような笑顔で、丁寧にアドバイスをしてくれた人。
いつものんびりとした口調、読書と釣りが趣味の、緑茶をこよなく愛する地の守護聖。

(それでも最後に、ルヴァ様とお茶を飲んで、ゆっくりお話がしたかったな………)

できれば猫を撫でながら……と、くすりと笑ってそんなことを考える。
―――――その瞳はとても寂しげだったが、彼女自身も含め、気付く者はいなかった。



先日森の湖で、二人きりで、話をした時の事を思い出す。
ルヴァは、アンジェリークの選択を責めなかった。
彼女の出した答を静かに聴き終えると、彼はゆっくりと立ち上がり、「ちょっと待っていて下さいねー」と言い残して森に入っていった。
しばらくして、片手に白い花をつけた枝を持って戻ってきた。
――――確かサンザシだと思う。ガーデニングに凝っている母が、庭に植えていた。

「貴女の人生ですから貴女が選択した以上、私は何も言いません。ただ、最後に少し私の話を聞いてください……」

アンジェリークがこくんと頷くと、どこか寂しそうにルヴァは微笑んだ。
そしてアンジェリークの手を取り、持ってきたサンザシの枝を渡した。

「この世の中の全てのものは、お互いに何かしら影響を与え合っているのです。例えそれが、ほんの一瞬の出会いであったとしてもね………女王試験の間に貴女が精一杯学んだ事が、これから先、きっと支えてくれる事でしょう。…この枝は私からの感謝の気持ちです。貴女にお会いできて、本当に嬉しかったですよ。アンジェリーク………」

雨上がりに厚い雲の切れ間から覗く太陽を思わせるルヴァの笑顔を見て、瞳を潤ませるアンジェリーク――――――想いが言葉になるのを、必死で抑えていた。
その手には、サンザシの枝をしっかりと握っている。

「私も、ルヴァ様にお会いできて、本当に嬉しかった……」

微笑むアンジェリークの頬を、涙が伝う。
どちらからともなく、抱きしめあっていた。ぎゅっ…と息が詰まるほどの、抱擁……
それは、二人がお互いに言いそびれた言葉を補うように、静かで力強かった――――



聖地の門をくぐるアンジェリークを乗せた車を、ルヴァは遠くから見つめていた。
近くで見送る事は、できなかった。
最後に会ってしまったら、無理にでも、引き止めてしまいそうだった。
辺りには彼以外、誰もいない。あるのはただ、爽やかに吹く風ばかり…………
静かに目を閉じて、今はただ心のままに、ルヴァはアンジェリークを想う―――

アンジェリーク…私は今までに二度、貴女を諦めようとしました。
一度目は、貴女に心惹かれている自分に気付いた時。
私は『守護聖』として、あくまで『女王候補』として貴女を扱おうとしました。
二度目は、貴女の内にある女王としての高い素質に気付いた時。
やはり私は『守護聖』として、貴女が『新宇宙の女王』となる事を望みました。
そして…今回が三度目になりますね、貴女を諦めようとするのは―――――
ただ、今までと違うのは『一人の人間』として、貴女を諦める事………………
私は貴女の訪れがいつも、待ち遠しかった。
『守護聖』として接するはずが、いつの間にか『一人の人間』として、
私の部屋の扉を貴女が叩いてくれるのを、待ち焦がれる様になりました。
貴女が、私を好きでいてくれているとしても、それは私の想いとは違って、『守護聖』に対しての敬意―――
もしこの想いを告げたなら、繊細で心優しい貴女は、きっと傷つくでしょう……想いを受け入れられず、相手の事を思って、泣くのでしょうね………誰にも言わず、たった一人で―――
だから私は、このまま何も告げずに、この感情を埋めてしまいましょう。
そして、貴女にこの先幸せが訪れる様、願いましょう。
……………………………………………………………………………………でも。
私はもう、諦める事に疲れてしまいました……………………………………………
私たちの生きる時間が大きく異なる以上、恐らく今回で最後になるでしょうが、もし再び、私たちの道が交わったなら、その時私の想いが変わらなければ、私は、貴女を………………………………………………諦める事を、諦めます。
その時貴女に大切な男性がいたとしても、この想いだけは、知って欲しいのです。
もしそんな日が訪れたなら、ずっと秘め続けていた言葉を、聴いてくださいね……?


今一歩、踏み出すだけの勇気が、この時の二人には持てなかった―――――――





アンジェリークが主星にある自宅に帰ると、真っ先に声がかけられた。

「おかえり、アンジェ」
懐かしい母の声。
「……ただいま、お母さん」

学校から帰ってきた時と変わらぬ母の態度に、ほっとする。

「疲れたでしょ?今日の夕飯はあなたの好きなものにするわね」

にこっと笑ってキッチンへと向かう母の背中を見て、帰ってきてよかったと、実感する。思わず涙が滲んだ。

「うん。ありがとう……お母さん」
小さな声だったが、母には聞こえたらしい。ふふっと嬉しそうに笑いかけてくれた。
「早く着替えてらっしゃい。今パイが焼けたところなの。一緒にお茶にしましょう」

着替え終わった後、母の自慢のパイを食べながら女王試験の話をした。
明るく皆から慕われる女王陛下の事、女王陛下の親友でもある補佐官の事、世間で言われているよりも親しみやすかった守護聖の方々、個性溢れる教官の方々や協力者、親友になったライバルの女の子の事――
本当に嬉しそうに語る我が子の笑顔を見たアンジェリークの母は、『あぁ、この子は聖地の皆様に随分親切にして頂けたのね……』と感じた。
少し内気でおとなしく、おっとりした性格の娘が女王候補として選ばれた時、アンジェリークの両親、特に母親は、内心とても心配したのだ―――――――

「あなたが、聖地の皆様と親しくなれて良かったわ」
あなたが気後れしちゃうんじゃないかって心配してたのよ?と冗談ぽく笑う。
それを聞いたアンジェリークの表情が、僅かに変わった。

「最初の頃は…お母さんの言うとおり、すごく気後れしてたわ。でもレイチェルやロザリア様や………ルヴァ様が、相談にのって下さったから」

彼のことを思い出して、涙が出そうになる。
アンジェリークは母に気付かれないよう、一息ついたフリをして紅茶で喉を潤す。
しかし、『ルヴァ様』と言ったところで娘の顔が、泣きそうに歪んだのをアンジェリークの母は見逃さなかった―――
自らもパイをのんびり食べるフリをして、改めて娘の姿を見る。

(…何だか綺麗になったわね、アンジェ。女王候補として様々な事を学んだせいだとばかり思ってたけど、それだけじゃないみたい……守護聖様に、恋をしてしまったのね)

アンジェリークの母親の友人には、王立研究院に勤めている者がいるので、ルヴァという名の地の守護聖のことは僅かながら知っていた。
――――娘を心配するあまり、彼女は友人の勤める王立研究院に通い詰め、『地の守護聖様』の肖像画に毎日欠かさず願掛けをしていたのだから……

(アンジェ…あなたは元の生活を選んだようだけど、本当にそれでいいの?)
久々に味わう母のパイを、嬉しそうに口に運ぶ娘を見ながら母は思った。
(いつまでも、親が貴女と共にいられる訳ではないのよ―――?)





試験終了後、新たに生まれた宇宙の女王として、レイチェルは忙しい日々を送っていた。

「この宇宙も大分安定してきたわね……」
新宇宙の女王執務室で、報告書に目を通しながら呟く。
報告書には、新宇宙が安定に発展しているという調査結果が記されているようだ。
「今日の執務もこれで終わりだし、部屋に帰ろうっと」
研究員たちを下がらせると、レイチェルは自分の私室へ戻っていった。

パタンと私室のドアを閉めた後、普段は完璧に隠し通している、天才少女としての仮面を外した一人の少女としての心が顔を覗かせる。

「…アンジェリーク、アナタは元気にしてるの………?」

女王補佐官としての道も、愛しい人との未来も選ばずに、元の生活に戻ることを選んだ、レイチェルにとって無二の親友であるアンジェリーク。
女王試験の時に同じ女王候補として出会い、ライバルとして向かい合い、お互いに励まし合い、時には気まずくなりながらも、親友にまでなった心優しい女の子……
レイチェルにとっては初めて対等に接した、同世代の女の子だった。
アンジェリークが女王試験の最後でした選択が、天才と呼ばれる彼女にも分からなかった。
親友が想い人との未来を選ばなかったことも、その選択を受け入れた、親友の想い人である知恵を与える守護聖の想いも―――

試験中にレイチェルが見た限りでは、二人は確かに相思相愛だと思っていた。
二人が一緒に笑いあっている様子は、春の陽だまりのように温かくて幸せそうで………
実際に他の守護聖や教官たちも、そう思っていたのだ。
なぜ…?と年の若い者達は皆、思わずにはいられなかった。
守護聖の中でも年若い三人はルヴァに訊いてみたそうだが、彼らにとって満足のいく回答は得られなかったらしい。
ふぅっとため息をついてレイチェルは頭を振る。

(今更言っても仕方ないとは思うけども…)

おっとりしていても、二人とも芯の強いところがあるのだから―――――
レイチェルは苦笑いをしながら、遠く離れた親友の笑顔を思い出していた。


どれ程物思いにふけっていたものか、既に日は落ちて部屋は薄暗くなっていた。
明かりをつけて、食事を部屋に運んでもらおうかと考えているところへ、慌ただしく私室の扉をノックする音が聞こえてきた。

「失礼します、陛下。アンジェリーク陛下の、宇宙の聖地より、女王補佐官殿が、緊急の御用で、いらっしゃいました」

ガチャリと音を立てて扉が開き、急いで走ってきたのだろう――息を荒くした研究員が急いで報告した。

(ロザリア様がわざわざいらっしゃるなんて……余程の事があったのかしら?)
「わかったわ、すぐにお会いします」
レイチェルは胸騒ぎを感じながら、急いで謁見室に向かった。



「…何ですって?!」

人払いをした謁見室でロザリアがレイチェルに伝えたのは、先ほどまで思いを馳せていた親友について―――
アンジェリークが突然倒れたこと、難病であと数ヶ月の命だという内容だった。

「陛下から許可は頂いてるから、今から病院に行きましょう!」

ロザリアが言い終わる前に、レイチェルは駆け出していた―――