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アンジェリークとレイチェルが病室で、久々に話し込んでいる時の王立研究院では―――

机・椅子・紙・ペンを用意して貰ったルヴァが、山のように積まれた資料に目を通し終えて、気にかかった事を紙に書いていた。
そこへエルンストがアンジェリークの両親を連れて、膨大な資料を持って来た。
――アンジェリークが旅行に行った惑星の資料、感染者リスト、旅行者リストだ――

「…皮肉にも、アンジェリークが感染した事で、感染源の特定は早く済みそうです」
エルンストがアンジェリークの両親に言う。

王立研究院が問題の難病を、既に感染症だとほぼ確定しているのには、勿論理由がある。
女王候補は女王試験を受ける前に、あらかじめ入念な健康診断を受けており、その時にあらゆる方面から、心身に異常がないか検査されるのだ。
そんな彼女が、病気とは無縁の聖地で試験を受け、試験終了後1年経たずに発症するような類の病気は、感染症としか考えられない。
――癌等の内的要因の病気なら、もっと緩やかに進行するはず……じわじわと押し寄せる、死の恐怖。それこそ半年で急速に死に至ることなく――
それでも万が一、内的要因の病気だった場合に備えて、勿論手は幾重にも打っておく。
ルヴァは先ほどエルンストが持ってきた資料を読んで、更に気になった事をいくつか、紙に書き加えていく。


椅子に座ったまま顔を上げ、ルヴァはアンジェリークの両親を真っ直ぐに見つめて尋ねる。
「ご家族で旅行に行った先で、アンジェリークだけが感染するような事が、何かあったはずなんですけどー…思い当たる事はありませんかー?」
これは大事な事。全てとは言わないまでも、覚えていてくれればその分特定が早くなるのだ。
――感染者の増加を抑え、特効薬の開発をする為にも、有益な情報となり得る――

アンジェリークの両親は、顔を見合わせて戸惑った顔をする。

「あー…例えば、彼女だけが触った動物とか、食べたものとか……行った場所とかです」

表情を見て、ルヴァが分かりやすく説明する。
それを聞いて理解したのか、アンジェリークの両親は、あぁ…という顔をする。
「そういえば…その惑星でも珍しい動物がいる、という事でアンジェリークと記念撮影したんでした」
そう答えるのはアンジェリークの父親だ。
「私たちには牙をむいて、決して触らせようとしなかったんですよ。あの動物」
アンジェリークの母は夫の言葉に続けて答える。

「食べ物、飲み物、行った場所に違いはないんですねー?」
ルヴァが確認をすると、両親は声をそろえて『はい!』と言った。
「後…彼女だけ、虫か何かに刺されたとか、怪我をした事はなかったんですねー?」
両親はその問いにも頷いて、『ありませんでした』と答えた。

うんうんと頷いて、ルヴァはアンジェリークの両親の返答に満足した。
「その動物…この資料の写真の中にあるかどうか、見ていただけますかー?」
そう言ってルヴァは手元の資料―彼らの家族旅行先の惑星に生息する動物に関する、写真付き資料―を手渡した。
流石に一つの惑星に生息する動物全てを網羅しているだけあって、かなり厚い冊子だ。
ルヴァは軽々と片手で手渡していたが、厚さからして当然ながら、相当重いはずである。
その厚さに驚きの表情を隠しきれないアンジェリークの両親に、「地域ごとに編集済みらしいので、旅行で行かれた場所を中心に読んでください」とエルンストが説明を加える。

その言葉にほっとした表情を浮かべるアンジェリークの両親に、ルヴァはにっこりと安心させる様な笑顔を向けた

「ありがとうございます。アンジェリークは必ず助けてみせますから、私たちに任せてくださいねー」

そう言って再び資料に目を落として、凄まじい速さで読み進めていくルヴァに、アンジェリークの両親は再び驚かされていた。
(この人なら…任せても大丈夫かもしれない………)
アンジェリークの両親は、渡された資料に目を通し始めた―――


ルヴァは同行した二人の事をふと思い出して、エルンストに尋ねた。
「あー、エルンスト。ゼフェルとオリヴィエはどうしましたかー?」
エルンストは、二人があの後『今日の宿を確保してくる』と言って出かけたと伝えた。
――間違ってはいない。ただ、その前に三人で会話を盗聴していたが――

(ルヴァ様…申し訳ございません……)
エルンストは密かに冷や汗をかきつつ、心の中で謝っていた。


エルンストの様子に首を傾げながら、ルヴァは二人を呼んで貰う様に頼んだ。
「それとアンジェリークのご両親のお話によると、感染源の疑いが強い動物は、その惑星でも珍しい動物だそうなので、念のため、各惑星の希少保護動物の写真付資料もお願いしますねー?」

念には念を…とルヴァは更なる資料を要求した。
「了解しました」
エルンストはルヴァの言葉に目を見開くアンジェリークの両親に背を向けた。



数分後、エルンストはゼフェルとオリヴィエを連れて戻ってきた。
三人の手は、ルヴァが要求した資料の束で塞がっている。
「お二人とも、申し訳ありません…私一人では全惑星分は持ちきれなくて――」
そう謝るエルンスト。

「そんな気にしないでよ☆それで、既に渡ってる資料の方には、問題の動物は載ってなかった訳だね?」
オリヴィエが、早速確認作業を始めるアンジェリークの両親を見て念を押す。
えぇ…とルヴァが代わりに頷いて答える。

「その惑星でも珍しい生物のようですからねぇ…無駄にならずに済んで良かったのやら、何とも複雑ですねぇ………」

その惑星に、珍しくとも調査可能な程には存在している生物なら良かったのだが―――
(これはひょっとすると大変なことになりそうですねぇ……二人について来て貰って、正解だったかもしれません………)
資料を読んで気にかかっていたことが、杞憂ではなかった可能性が高くなってきたのだ。

「あー、まずゼフェルにお願いしたい事なんですけどー…」
そう言ってルヴァは紙に何事かを書き付けて、ゼフェルに手渡す。

『感染者全員を、治療法が確立されるまで人工冬眠装置により、仮死状態にして病気の進行を防ぐ』
『人工冬眠装置と併用可能な医療用ナノマシンの開発及び量産』
『もちろん患者の命を最優先する為、出来うる限り上記二つの不安要素は取り除く事』
『あと極めて迅速な行動をお願いしますねー』

―――紙には以上のことが書かれていた。

「貴方にしか任せられない事だと思います」
大変難しい要求に呆然とするゼフェルに、にっこりと笑顔で言うルヴァ。

「この病気の患者の命は、貴方の迅速な行動にかかっていますよ、ゼフェル」
追い討ちをかけるようにルヴァは続ける。
ゼフェルはしばらく紙を見つめて固まっていたが、やがて負けん気に火がついたのか、「へっ……わーったよ。やってやろーじゃねーかっっ」と嬉しそうに不敵な笑顔を見せた。
貴方にしか任せられない事――と、確かにそう言ったルヴァ。
認めてもらえた事が、嬉しかったのだ。

早速、担当チームの編成に向かおうとするゼフェルの背中にルヴァは、
「あー…そうそう、ゼフェル。人の会話を盗聴するのは、感心しませんよー?」と声をかけた。

「今回だけは、貴方も私を心配してくれたようなので、大目に見ますけどー……」

ギギギ…と音がしそうな動きでゼフェルが後ろを振り返ると、そこには盗聴器を片手に持ったルヴァが、にっこりと笑っていた。


ルヴァに会話を盗聴していたのがバレて、肩を落として去っていくゼフェル。
そんな彼を見送るオリヴィエ、エルンストの心は穏やかではなかった。
そんな時だった。

「…あ」

と、ルヴァが声を上げたのは。
二人は思わずビクッと反応してしまう。

「アンジェリークのご両親に、記念撮影したという例の動物の写真を持ってきて頂いて、専門家に見て貰った方が早いですねー…」

ようやくその事に気付いたルヴァは、口元に手を当てて、うーん…と唸る。
その言葉に、助かったと言わんばかりの表情をするアンジェリークの両親。

「えーと、その写真を今すぐこちらに持ってきて頂けますかー?」
ルヴァが言うと、うんうんと頷いて急いでその場を去る。
――余程資料の山が堪えたのだろう………


アンジェリークの両親の後姿を見つめながら、
取り残されたエルンストとオリヴィエは自分達も逃げ出したい衝動に駆られた。
ルヴァが二人を振り返る。

「あー、エルンスト?専門家をこちらに呼んでください」

その言葉に、離れる口実ができたエルンストは「はい!今すぐに!!」と言って足取りも軽やかに去って行く。

(ああっワタシ一人残して行かないでよーっっエルンスト〜〜っっっ)

心の中でオリヴィエは叫ぶ。

ルヴァは再び椅子に座ると、手元の資料―感染者リストと問題の惑星のここ1年程の旅行客リストである―に目を通し始めた。

残されたオリヴィエは、ルヴァが資料に集中した事にほっとしながらも、不自然に思われない様に話をすることにした――盗聴に関しては敢えて触れずに。

「ねぇ、ルヴァ?専門家に見て貰うって言ったけど、アンタじゃ分からないの?」

ルヴァは資料から目を離さないまま、その質問に答える。
「私一人で見るよりも、複数の人間が見た方が確実ですからねー」

そして、何かを紙に書き付けていく。
「オリヴィエ…これは随分と厄介なことになりそうですよー………」
ルヴァは沈痛な面持ちでため息をつき、立ったままのオリヴィエを見上げた。

「…どうかしたの?」

オリヴィエは、そんなルヴァの表情が気になって尋ねる。

「旅行者リストに載っていない名前が、結構感染者リストに並んでるんですよー。それも、資産家や貴族に……」
資料に目を落としてルヴァは答える。
「…えーと、つまり感染源となる生物が、希少保護動物だった場合なんですけどね?生息地の惑星で密猟された挙句、裏で取引されている可能性がある、という事ですよー」
ルヴァは分かりやすく、オリヴィエに説明する。

「…そうなると、そっち方面でも対策を練らないといけないって事だよねぇ?」
オリヴィエが確認するように尋ねると、ルヴァはこくりと頷いた。

「場合によっては、王立派遣軍に協力を要請しないといけませんねー…」
あと、人脈が広いチャーリーにも…と続けるルヴァを見ながらオリヴィエは思った。

(絶対に、ワタシがルヴァをハメる計画立てたってバレないようにしなきゃ!!何か、久々にルヴァのスイッチ入っちゃったみたいだしー…時間の問題かなぁ………)

「それでね、オリヴィエ?」
ルヴァは、何やら遠くを見ているオリヴィエに声をかける――どこか嬉しそうな声だ。
どこか諦めの表情で、オリヴィエはルヴァの方を見る。
――何となくこの後の予想がついたらしい。
ルヴァはにっこりと笑って告げる。

「もし感染源が希少保護動物だったら、この紙に書いてある事をお任せしますね?」
オリヴィエはゼフェル同様、ルヴァが新たに何かを書き付けた紙を渡された。

『感染源が希少保護動物だった場合、密猟者及び惑星間の密売ルートの特定と一斉摘発』
『それと同時に買い手である資産家や貴族に関しても調査と摘発』
『希少保護動物に出来る限り傷はつけない事。死なせてはいけませんよ』
『二度と同じ事が起こらない様、密売組織を徹底的に潰して下さいねー』
『くれぐれも悟られない様、極秘に行ってくださいよー?』

――――――紙には以上のことが書かれていた。

「必要なら、ヴィクトールとチャーリーに協力して貰って下さいねー?」
あくまでにっこりと微笑むルヴァの顔を見て、紙に書かれた内容を読んだオリヴィエはため息をついた。

(アンタだけは絶対に、敵に回したくないね………)


しばらくして、専門家を連れて戻ってきたエルンストと、感染源の疑いが強い動物の写真を持ってきたアンジェリークの両親によって、これまでのルヴァの予想が外れていなかった事が証明された。
その後ある研究員によれば、オリヴィエはやけに疲れた表情で、王立派遣軍のヴィクトールとウォン財閥総帥のチャーリーに連絡を取ったそうな………





資料を読み終えたルヴァは、のんびりとお茶を飲んで一息ついた。

(感染源の特定ができて、ウイルスに関する情報も集まってきている頃でしょうかー?)

これまで彼がしてきたのは全て、布石。
お茶を飲み干し、ふぅっとため息をつくルヴァは、次の手を考え始めていた。
――即ち、治療法について。

(天才と名高いレイチェルが、いつまでこちらにいられるか……ですねぇ。彼女の閃きはきっと、ゼフェルの開発の役に立ってくれるでしょうし……)

情報収集・分析能力に長けたエルンストもいるし、研究員達も頑張ってくれている……
(人工冬眠装置があれば、少しは時間が稼げるでしょう………)

ルヴァはそっと目を閉じた。
(今度こそ、ちゃんと私の想いを残さず伝えますから…私を置いて逝かないで下さいね?アンジェリーク……………)