(3)

ほぼ同時刻、リュミエールの私邸で昼食を終えた今日の主役はというと………

「ああぁ〜フランシス、しっかりして下さい〜〜」
目の前に飛び出してきたウサギを見て倒れた聖獣の宇宙の闇の守護聖の看病に追われていた。
リュミエールの邸内のソファに寝かされたフランシスを放っておく事もできず、固くしぼった濡れタオルを彼の頭に載せるルヴァを手伝いながら、心の中で苦笑いしながら口には出さずにマルセルは呟いた。

(うーん……足止めの必要は無かったかなぁ?)


ちなみにオリヴィエは今日の裏方の一人であるゼフェルと共に、宮殿の準備に向かった。
リュミエールとセイラン、それにクラヴィスは留守を看病を彼らに任せたまま何処かへ消えた。
逃げた……のではなく、女性陣からのメールの指示で動いているのだと思われる。
ルヴァも先ほどアンジェリークから、約束の時間より遅くなるというメールを受け取ったようだ。
メールを見るなり、彼の笑顔に少し元気が無くなった事からも良く分かった。

(ごめんなさい、ルヴァ様……皆で騙してます)

ルヴァだけが知らない事情を知るマルセルは、それでもきっと彼が喜んでくれると確信して足止めに励むのであった。
人はこれを、『確信犯』という……………

「それにしても、リュミエールはどこに行ってしまったんでしょうねー?お客を置いて出かける程、重大な事なんでしょうか……………」
確かに普段のリュミエールなら、招いた客が倒れようものなら丁寧に看病していただろう。
「き、きっとフランシスさんのお邸の人と一緒に戻ってきますよ!ほら、あっちの聖地の人はまだこちらの地理に明るくないでしょうし……」
マルセルの必死のフォローに、ルヴァは「なるほど、それもそうですね〜」と納得したようだ。
(誰か早く戻ってきてよぉ〜〜)



その切実な願いが届いたのかどうか。
数分後、リュミエールが増援を引き連れて帰って来た。
マルセルがルヴァに話した通り、フランシスを迎えに来たらしき者も含まれていたが。

「ありゃ〜、また倒れとんのかいな」
「こればかりは仕方ないでしょう。ああ、フランシスはこちらです。彼をお願いしますよ皆さん」
「フランシスも体を鍛えればそう簡単に倒れはしなくなると思うんだがな……今度勧めてみるか」

ルヴァを宮殿や私邸に行かせない為に足止めすべく、聖獣の宇宙から派遣されてきたのはチャーリーとエルンスト、それにヴィクトールだった。

「おや、皆さんで彼を迎えに来たんですか?」
フランシスの額に載せたタオルを換えながら、やってきた面々を見てルヴァが言う。
「いえ、私はルヴァ様にお尋ねしたい事がありまして……リュミエール様からこちらにおいでだと伺いましたので」

エルンストがずれた眼鏡を直しながら返事をする間に、チャーリーがマルセルにこっそり耳打ちする。
「まだビックリプレゼントはオリヴィエ様のお邸ですわ。ルヴァ様のお人柄考えたら、時間まで図書館に篭ってもろた方がええと思います」

あくまでも、ひそひそと。
「それはいい考えですね。ぼくもそろそろ限界かなって思ってたんですよ」
「図書館でゼフェル様がエルンストとヴィクトールと一緒に足止めして下さるそうなんで、俺らは宮殿の方手伝いに行くようにってのがロザリア様とレイチェルからの指示です」

ちらりとルヴァの方を伺うと、エルンストらと何やら熱心に話し込んでいるようだ。
その様子を見て、チャーリーは更に説明した。
宮殿での誕生パーティーの準備が済み次第全員に連絡が行くので、ルヴァの足止め組は引きずってでも彼を宮殿に連れて行くように――だそうだ。
その間にビックリプレゼントをオリヴィエの邸から移動させるらしい。


楽しそうに話すチャーリーに相槌を打ちながら、マルセルは思った。
(ついこの前まで聖獣の宇宙が危機を迎えていたとは思えない位、平和だなぁ〜)
それが今では、女王が数日留守にしていても問題ない程に安定しているのだ。
アンジェリークにレイチェル、エンジュや聖獣の守護聖たちの頑張りによるところが大きい。
――そして、本当は逢いたくて仕方が無くて、ずっと側で支えたいと思っていたはずなのに、それでは根本的な解決にはならないと、こちらの聖地に留まって尽力していたルヴァ。
あの頃の、穏やかだがどこか辛そうな笑顔を思い出す度に、マルセルの胸は痛んだ。
おそらく自分以上に、ゼフェルとオリヴィエが心を痛めていたのだろう。表に出さないだけで。
だから二人が、ルヴァの誕生日である今日の為に、女王に直接頼み込んだのだろう。
真剣な表情で頼むゼフェルに、あのジュリアスとクラヴィスまでも動いたのには驚いたが。

「だから、幸せになって欲しいよね……」
マルセルの呟きを聞き取ったのは、チャーリーだけ。
彼はマルセルの想いを感じ取り、温かく見守るような大人の微笑みを向ける。
「……ルヴァ様とウチの陛下が、並んでニコニコ笑ってくれる平和が一番やと俺も思います」
きっと皆同じ気持ちだから、あの二人の幸せを願うから、何だかんだで協力しているのだろう――

「さあ二人とも、そろそろ私たちも参りましょうか」

リュミエールから声がかけられて振り向くと、既にエルンストとヴィクトールが上手くルヴァを連れ出した後だった。

「はい!」
「腕によりをかけてルヴァ様を『あ!』と言わせてみせます!!」

宴まで、あと僅か……………



エルンストとヴィクトールに「聖獣の宇宙の今後の参考にしたいから是非に」と頼み込まれて一緒に図書館にやってきたルヴァは、彼らの質問に丁寧に答えていった。
『たまたま専門書を探しに』図書館に来ていたゼフェルにも手伝って貰って、彼らが欲する知識について書かれた本を探し、分かりやすく説明していく。
二人が守護聖となる前から親しくしていた為、その力になれるのが本当に嬉しい。
時間の流れの中でいずれ失われると思っていた友人達との不思議な縁に、宇宙の神秘を感じたような気がした。

「ルヴァ様、何だか嬉しそうですね」

エルンストがルヴァの表情に気付いて、微笑む。
聖獣の宇宙の鋼の守護聖である彼は、神鳥の宇宙の鋼の守護聖ゼフェルと時折議論を交わしつつ、不明な点を博識なルヴァに尋ねる……といったスタイルで知識を吸収していく。
同じ『鋼』のサクリアを司る存在でありながら、全くタイプの異なる二人。
しかし、それはそれで上手くいっているようだ。

「ええ。貴方方が本当に頑張ってくれているので、私も嬉しく思うんですよー」
「俺もまだまだルヴァ様に学ぶ事は多いですからね。これからもよろしくお願いします」
そう言うのは聖獣の宇宙の地の守護聖であるヴィクトール。
彼はルヴァと同じ『地』のサクリアを司る守護聖だが、二人の性質もかなり違う。
例えるならルヴァが文人の鑑だとすれば、ヴィクトールは武人の鑑。
正反対と言えるかもしれない程異なりながらも、何故か相手の考えに頷けるのだ。

(そう考えると……ジュリアスとレオナードも、どこか通じる部分があるという事でしょうねー)
ルヴァは行き当たった自分の考えに、小さく笑う。

「あの……ルヴァ様?」
ヴィクトールがそんなルヴァを見て、不思議そうに声をかける。
「いえ、何でもありませんよ。私の方こそ貴方から学ぶ事が多いので、これからもよろしくお願いしますねー」

「おや、ゼフェル様?何かおっしゃりたいようですが……」
エルンストが大人の余裕を漂わせながら、ルヴァに何かを伝えようとしているゼフェルの背中を押す。
「うっせーぞエルンスト!……俺も、その…オメーのぽやーっとしたとこキライじゃねーぜ」
ぽりぽりと頬を掻きながら、目を逸らしてゼフェルが告げる。
言葉だけならルヴァが貶されている様に聞こえるかもしれないが、ゼフェルなりに好意を伝えようとしているのは、ルヴァに十分伝わっているようだ。
先ほどよりも笑みを深くしている様子からも、本当に嬉しいのだろうと手に取るように分かる。

「ふふ……ありがとうゼフェル。私もあなたが大好きですよー」
「バ…バカッ!んなこっぱずかしーこと面と向かって言うんじゃねーよ!!」

赤面して叫ぶゼフェルと、本当に楽しそうに声を上げて笑うルヴァの様子を、共に居るエルンストとヴィクトールも優しい瞳で見守る。
(ルヴァ様は、本当に不思議な方だ……)
その笑顔を見ているだけで、ほっと安心するのだから。
願わくば、彼がその笑みを絶やさずにいられるように。
その幸せを、願わずにはいられない。


二人はルヴァを足止めする目的を忘れて、純粋にルヴァとの会話を楽しむ事にした。
あと何時間かすれば、自分たちが護る大事な女王陛下を預ける彼に、心からの感謝とエールを贈りながら――



一方、フランシスが復活したらパーティーに連れて行く役割を与えられたティムカとメルは……
「ルヴァ様、僕からのプレゼント喜んでくれるかな?」
愛用する水晶球を大事そうに撫でながら呟くメルに、ティムカは優しく声をかける。
「きっと大丈夫ですよ。ここのところ毎日おまじないをしていたんでしょう?」
そう。メルはその特技を生かして、聖地の人間関係改善の為に人知れず尽力していたのだった。
メルはジュリアスとクラヴィスが仲良くなればルヴァが喜ぶと思い、最近は一日も欠かさずジュリアスとクラヴィスにラブラブフラッシュをかけ続けていた。
その結果がどうなったのかは、まだ見てないので分からないが……
少しはマシになったと思う。きっと。

「うっ…ここは、一体……………」
丁度その時、フランシスがうめき声を上げてゆっくりと起き上がる。
「ここは聖獣の聖地、あなたの邸ですよ」
ティムカが穏やかな声で説明する。
「僕たちはあなたが起きたら一緒にあっちの聖地に行く様に言われてるんだけど……大丈夫?」
メルも心配そうにフランシスの顔を覗きこむ。
「ええ、もう大丈夫です……ルヴァ様のお誕生日を祝うパーティーですよね。あの方にはいつもお世話になっていますから、是非ともお祝いしにいきましょう」

二人に優雅な微笑みを向けて、フランシスがはっきりと告げる。
その微笑みは、普段のように仮面を感じさせるものではなく、心から笑っているのだと思えた。
彼がそんな微笑を向けるのは、彼の恋人を除けば、両宇宙の女王陛下とルヴァくらいではなかろうか。
――例え普段二人が盛り上がっている話題が、毒草に関するものであったとしても………



「ふむ、あらかた準備が整ったようだな。そろそろ他の奴らに連絡しとくか」

宮殿の一室でルヴァの誕生パーティーの準備を進めていたオスカーが、周囲を見渡してその場に居る全員に告げる。

「それではヴィクトール達に知らせておきましょう」
「あ、リュミエール様!俺も行きます!!」

リュミエールとランディがルヴァと足止め部隊を図書館まで迎えに出て行くのと入れ替えるように、ジュリアスとクラヴィスが会場に現れる。

「皆、ご苦労だった。じきに守護聖全員が揃うだろう。今日はパーティーを楽しんで欲しい」
ジュリアスがその場にいる者たちに、優しい眼差しで労いの言葉をかける。
その隣に立つクラヴィスは、小さく笑った後で皆にこう告げた。
「無事にルヴァを送り出した後は、無礼講だそうだ……」
その言葉に、全員がジュリアスの方を見たが、彼は怒りもせずに頷いている。
「陛下からも許可は得てある。ただし、羽目を外しすぎない様にな……………」

一応神鳥の宇宙の守護聖の長として釘を刺すジュリアスだが、おそらくその注意は無意味だろう。

「なあ、オスカー様。無礼講ってことはオレたちも酒飲んでいいのか?」
ユーイがオスカーに近づいて尋ねると、彼はジュリアスに聞こえないように答えた。
「飲むなら止めないが、一応あの方にバレない様に飲んだ方がいいぞ」


会場となる部屋の片隅で、一人佇むセイランはある人物の事を考えていた。
(そういえば、彼はルヴァ様のお祝いに来るのかな?一応メールは送ったけど)
あまり人の多いところに顔を出そうとしない『彼』だが、今日は来るんじゃなかろうか……きっと。
彼が何だかんだ言いながらも、ルヴァを信頼しているのは短い付き合いでも知っているから。

(4)に続く