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新宇宙に戻ったレイチェルは、エルンストを通じてゼフェルが担当している人工冬眠装置対応型ナノマシンに関して、出来うる限りの協力をする事になった。
ゼフェルがモニター越しに、開発中のナノマシンに関する書類を見せて叫ぶ。
「〜で、ここの配列をこうすりゃ生体親和性が上がるだろ?!」
ナノマシンはその用途上、生体の防御機能に攻撃されずに無事患部まで到達させる為、ある程度生体との親和性を必要とされる――ゼフェルはその事を言っているのだ。
その内容を十分に把握した上で、レイチェルはキッパリと答える。
「それだと生体内で十分な強度が保てません。ここの配列は、この物質をメインにドラッグ・デリバリー・システムでいった方が、早くて確実だと思います。それで問題なのが、人工冬眠状態の人間に使う際、生体内で――という事で……………」
人工冬眠状態の人間に、現在あるナノマシンを使用する際の問題点を具体的に挙げ、それをどう改良するのが最も確実で早いのか、現在の技術レベルを考慮に入れた上でレイチェルは自分の考えを述べていく――それは理路整然としており、淀みが無い。
ちなみに『ドラッグ・デリバリー・システム』というのは、必要とする薬を効率良く患部に届ける医療方法の事。
薬を効率良く体内に取り込ませるとともに、体外への排泄も制御して過剰な投薬を防ぎ、最終的には標的とするウイルスや細菌のみを攻撃する事を目標とする。
これにより、薬の効果が大きくなり、副作用も抑えられるのだ。
感情的になったゼフェルに、レイチェルの意見で次第に冷静さが戻る。
自分と対等に技術面の話ができる彼女の実力を、何だかんだ言いつつもゼフェルは認めているのだ。
「……そっか。オメーの言う通り、そっちのがはえーよな。その方法でやってみるけどよー………抗体と併用する薬は何だ?」
「そっちはルヴァ様に訊いた方が、安全で確実ですよ」
天才と名高いレイチェルとて、ルヴァの深遠たる知識と知恵には及ばないのだ。
プライドの高いレイチェルだが、その事は十分理解していたし、今回の事で彼女はルヴァの事を見直していたので、意地を張らずにそう答えた。
ゼフェルもそれを感じ取り、ポリポリと頬を掻いた。
「オメーが言うなら、ルヴァに訊くしかねーかぁ………しっかし、オメーもよく頑張るよなー。そっちは大丈夫なのかよ?」
「モチロンです。アンジェリークも新宇宙も、どちらもワタシには大切ですから。あの子が眠ってる間に新宇宙にもしもの事があったら、顔向けできないでしょ?」
そう言って毅然とした笑顔を見せるレイチェルは、女王候補の頃よりも美しく見えた。
(こいつ……しばらく見ねー間に、随分と女王らしくなったじゃねーか。あの頃もよく最新技術の話で、メシの時間も忘れて話し込んだんだったよな………)
ゼフェルは試験中のレイチェルを思い出し、フッと唇を歪ませて笑った。
「ま、無理し過ぎでいきなりぶっ倒れたりすんなよな!」
レイチェルも、明るく笑って応じる――この笑顔は、女王試験の頃と変わらなかった。
「ありがとうございます、ゼフェル様♪」
ゼフェルはレイチェルの、女王としての輝きを放つ笑顔と、変わる事の無い笑顔に翻弄される――
照れ隠しにぶっきらぼうな口調で、「そんじゃあな!」と言って、ゼフェルはレイチェルとの通信を切った――その顔は少し赤くなっている。
エルンストはそんなゼフェルの表情を、複雑な面持ちで見つめていた………
こうしてレイチェルは、度々ゼフェルと映像通信画面越しに激しい口論を繰り広げたが、お互いの持てる力を可能な限り出し合って、開発に取り組んだ。
レイチェルの閃きと、ルヴァの広く深い知識、エルンストの情報収集能力、そして名も知られぬ研究員達の、日頃の地道な調査と研究……………それらを最大限に生かして、ゼフェル率いる開発チームは研究に研究を重ねた―――
オリヴィエの方も、ヴィクトール・チャーリーの協力のもと、『こんなこともあろうかと』ルヴァが作成したマニュアルに従って、出来る限り速やかに、感染者が飼っている希少保護動物の確保を目指していた。
問題の動物を飼っている感染者は、流石に命が惜しかったのか、アッサリ動物や情報を引き渡す者が多かったので、その辺は楽だったようだ。
その後の王立研究員らの検査に次ぐ検査の甲斐あって、ようやく抗体を持つ個体を発見する事ができた。
それらを有効に活用し、出来る限り後遺症や副作用を残さない治療法について、ルヴァ、レイチェル、エルンストを始めとする担当チームは、検討に検討、分析に分析、実験に実験を重ねた――
結局、実際に患者に抗体が投与される事になったのは、アンジェリークが『眠り』についてから、およそ四ヶ月経ってからだった――それまでの過程を考えれば、異例の早さだが……
主星の季節は、秋からとうに冬に変わり、年を越していた。
守護聖であるルヴァやオリヴィエ、ゼフェルにとっては、普通の人間よりも遥かに目まぐるしく過ぎた日々だった。
それでも気が遠くなるほどに、長く感じられた―――…
十分な安全性が確認され、ようやく患者を『目覚め』させる日がやってきた。
目を閉じて感慨深そうにするルヴァの背中に、研究員の一人から声がかけられる。
「ルヴァ様、これでようやく『眠り姫』を起こせますね!」
アンジェリークが『眠り』に就いてから毎日、ルヴァは彼女に会いに行っていた。
人工冬眠装置のふたは、患者の姿が見える様、透明に作られていたので………
それは製作者の、患者と親しい人々への、優しさだったのかもしれない――
鋼の守護聖はきっと、照れ隠しに『ちげーよ!』と答えるだろうが。
それはさておき、守護聖であるルヴァが毎日アンジェリークに会いに病院に通っているのが、研究員の間で噂になり、気がついた時には彼らからルヴァに温かい声がかけられる様になっていて、アンジェリークは『眠り姫』と称されるようになった。
(『眠り姫』…ですか。なかなか皆さん、上手い事を言いますねー)
ルヴァは研究員たちのユーモアに感心していた。
眠り姫は、呪いをかけられて何百年も眠り続けていたのだ。
―――彼女が王子のキスで目覚めた時、既に愛する家族はとうの昔に死んでいた。
幸いな事に四ヶ月で決着がついたが、もし治療法の確立に何十年もかかっていたら、アンジェリークが『眠って』いる間に家族と死別していた可能性は、否定できない。
研究員たちはそんなつもりで彼女を『眠り姫』と呼んでいる訳ではなかろうが、今回の難病が別のタイプの病気だった場合、そうなる事もあり得たのだ。
声をかけてくれた研究員にお礼を言いながら、ルヴァは思った。
(それでも私は、貴女に生きていて欲しかったのです。アンジェリーク……………)
アンジェリークとの『約束』を果たす為に王立病院へと向かうルヴァは、そんな自分を彼女に知られて拒絶されるのを、内心恐れていた………
その頃アンジェリークは、夢を見ていた。
春の暖かい日ざしの中、大好きな人と、仲良く手をつないで歩いていた。
澄み切った青空に、草原の若葉の淡い緑が映える。
爽やかな空気を、すぅっと吸い込んで深呼吸をする。
二人で話しながら歩いている内に、やがて小高い丘の上に来ていた。
そこには自分たちよりも少し背の高い木が一本、その枝に白い花を咲かせて生えていた。
その周りには色とりどりの可愛らしい花々が、木を取り囲むようにして咲いている。
そこは見た事もない場所だったが、夢の中のことだから、特に気にしなかった。
自分の隣で、大好きなあの人が、優しく微笑んでいる。
夢の中で、その人は言った。
『―――――――――』
夢の中のせいか、はっきりと聞き取れなかった。
でも、すごく大切な、嬉しくなる様な言葉だというのはわかった。
自然と、アンジェリークは笑顔になる。
アンジェリークも、彼に応えた。
『―――――――――』
心から大好きなその人は、その言葉に、お日様の様な笑顔になる。
そして、頬にそっと口づけをくれた。
彼が名前を呼ぶ。どこか遠くから響く様な声だった。
『アンジェ…』
次第に、視界がぼやけてきた――夢の中のアンジェリークは、そう感じた。
「アンジェ、アンジェ……目を、覚ましてください…………」
今度は、はっきりとアンジェリークの耳に聞こえてきた。
ゆっくりと、アンジェリークは瞼を開けた。
――目の前には、心配そうに自分を見つめる彼の姿。
「ルヴァ…さま……?」
アンジェリークは掠れた声で、彼を呼ぶ。
だんだんと、意識がはっきりしてくる。
「アンジェ…おはようございます。どこか、痛いところは、ありませんかー?」
心配そうに尋ねてくるルヴァの声に、アンジェリークは今までの事を思い出した。
「おはようございます…ルヴァ様。約束、ちゃんと守って下さったんですね」
ルヴァを安心させたくて、約束を守ってくれた事が嬉しくて、アンジェリークはふわりと笑った。
「アンジェ…本当に、貴女が目覚めてくれて、本当に良かった………」
ルヴァは、人工冬眠装置に横たわったままのアンジェリークの手を、強く握る。
その表情は今にも、泣きそうだった。そして、どこか辛そうで………
「ルヴァ様……」
アンジェリークは、空いたほうの手で、彼の頬にそっと触れた。
――壊れやすいガラス細工を扱うように、優しく………
(ルヴァ様のこんな表情、初めて見た……………どうしてかしら…さっきまで大丈夫だったのに、すごく、胸が痛い――)
「……しばらく、こうしていてもいいですか?」
ルヴァは自分の頬に触れるアンジェリークの手に、自分の手を重ねて言った。
アンジェリークはその言葉に、笑顔で頷いた。
――治療は成功したのだ。
しばらく様子を見守っていた医師や看護師らが、二人に気を使って部屋を出ていった。
目覚めて一ヶ月後には、自宅療養可能になるまでにアンジェリークは回復した。
ルヴァ、レイチェル、エルンストの三人が中心となって考案した画期的治療法により、この病気の患者全員に、後遺症も副作用も全く残らなかったそうだ。
退院後すぐにルヴァと二人で、聖地までお礼と報告に行ったアンジェリークは、聖地のルヴァの私邸で静養することになった。
寄り添いあう二人を見て、嬉しそうな笑顔を見せた女王は、「ルヴァと一緒なら、あなたも安心できるでしょう?」との言葉に本人たちが赤面している間に、問答無用でアンジェリークがルヴァの私邸で過ごせる様指示を与えたのだ。
(どうやらあの件、『彼』は承諾してくれたようですねー……)
いつもより上機嫌な女王の顔を見て、ルヴァはそう思った。
『彼』とは、女王の想い人のこと。
――彼女もまた、生きる時間の異なる人を想っていたのだ。
女王試験中、ルヴァは『彼』とも親しくしていたので、気付いていた。
―――生きる時間の違いに、時折想いを馳せる彼を見たから。
自分の事の様に、自分達を本気で心配してくれる女王の独り言を、偶然耳にしてしまったから……
(陛下…色々と、ありがとうございます……これは、私からのささやかな『お礼』ですよー。ふふ…せいぜい全研究院分、頑張ってくださいねー?セイラン………)
ルヴァのいう『あの件』とは、王立研究院付属の宿舎の建設の事だ。
聖地の王立研究院には、研究員の為の個室が備え付けられているが、他の研究院にはそんなものはなかった為、女王に事情を説明して許可を貰った。
せっかくだからと、彼に芸術家としての才能を生かしてもらうことにしたのだ。
(建築は専門外だとぶつぶつ言ってましたけどね……………)
しかし全研究院分となるとかなり大規模なことになる為、最高責任者は聖地に来て直接、女王の指示を仰ぐこともできる。
ルヴァは研究員たちへの感謝を忘れていなかった。だから、一石二鳥だったのだ。
(余計なお世話かもしれないと思ってましたけどー…私もお二人には、幸せになって頂きたいんですよー)
――相手も立場も違えども、同じような恋をしているから、なおさらに。
そんな事を思いながらルヴァは、アンジェリークを支える腕に、静かに力を込めた。
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