―Wisdom of the World―

周囲を森に囲まれた不思議な楽園。
そこには優しい彩りをした花々がそこかしこに集まって咲いており、甘い香りを辺りに漂わせている。
陽光は春のように穏やかで温かく、爽やかに吹き抜ける風はざぁ…と周囲の梢を揺らして耳に心地よい音をもたらしてくれる。
小鳥の囀りが少し離れたところから聞こえてそちらに目を向ければ、つがいらしい二羽の浅葱色をした小鳥たちが仲良く身を寄せ合っていた。
その様子を、日頃の疲れからしばしの間微睡んでいる恋人を膝枕している今の自分の姿に重ね、ルヴァは小さく笑みを零す。
大切な人を起こさないようにそっと髪を撫でると、くすぐったかったのか小さく身じろぎして再びすーすーと寝息をたて始める。
余程疲れが溜まっていたのだろう、軽く頬を突付いてみても起きる気配は無い。
近くにあった彼女の左手に手を触れると、そのまま軽く握りこまれてしまった。
とはいえ力は弱く、離そうと思えばすぐに離せるのだけれど、敢えて離そうとは思わなかった。
応えるように彼女の左手を握り返し、軽く持ち上げてその薬指に嵌められた指輪に口付ける。

「大丈夫、なんでしょうかねー…私の膝で貴女が安らげるなら、いつでも貸してあげたいところですけど……」

彼女が聖獣の宇宙の創世の女王として、いつも真剣に執務に取り組もうとする姿勢はとても好ましく思う。属する宇宙が違うとはいえ守護聖の一人としては。
アンジェリークが神鳥の聖地で試験を受けていた頃、他の誰よりも彼女が女王になる未来を望んでいたから。……今の二人の様な恋人という関係を望む気持ちはひた隠しにして。


最近は聖獣の宇宙の発展が新たな段階を迎え、人類は未だ誕生していないが主星系以外の星系を創造している最中である。
育成はこちらの宇宙にまだ守護聖が存在しない為、故郷でもある神鳥の宇宙の守護聖がこちらへ来て力を送っている。
女王試験の時は主星系しか誕生しておらず神鳥の聖地から直接力を送れば良かったのだが、今回のように主星系以外の星系に力を送るには遠すぎるのでこちらの聖地へ足を運ばなければならないのだ。

惑星を創るだけならいざ知らず、星系ともなれば新たに必要とされる力は相当な量で。
惑星よりも恒星を作る方が多くの力を、更に恒星だけでなく数多の惑星を内包する星系ともなれば、九つ全てのサクリアが膨大に必要となる。
加えて生物や延いては人類を誕生させる惑星にする為に、生まれたばかりの熱く滾る岩石惑星を『説得』して環境を整えるのに協力して貰わねばならない。
人間一人一人に心があるように、惑星や恒星、星系にも意志と呼ぶべきものは存在するからだ。
この宇宙の森羅万象の意志であるアルフォンシアが女王と同じ人類を誕生させて共に更なる発展をと望んでいても、個々の惑星がそれを望むとは限らないのだ。
自主的に生命を生み出そうと望む惑星も居ない訳ではないが、惑星にとって不確定要素の大きい人類を生み出すというのはかなりのリスクを覚悟しなければならないようで。
環境を自らに合う様に変化させる能力の高い生命体ほど、間違った方向に進めば破壊する力となって調和が乱れやすくなる。
その事を心配する惑星に対して、女王はサクリアを送りながら自らの心を開き、真剣に向き合って話し合う。
人間には惑星の意志は具体的な形では理解出来無いので、宇宙意志が間に入って仲介するらしい。
無数の星を支えながらそういった多くの惑星の説得もこなさなければならない――女王にしか厳密な意味でのその苦労は理解できないだろうが、宇宙で最も大変でありながらもやりがいのある仕事なのは確かだろう。ルヴァが知る限りどの女王も、大変だと笑いながらも自らが守り育てる宇宙を愛しく思っていたから。
多くの命が幸せになれるようにと力を注ぎ、未来に――そして世界に繋がる事の歓びは、
守護聖である彼にも理解できる。
それは言葉では表現しきれない歓喜。
この想いを女王試験の中で知ったアンジェリークなら、きっと素晴らしい宇宙を創っていけるだろうと確信する程の。

それはさておき、今日の育成内容は説得に成功して環境を整え始めた惑星を手助けする為の力を送るというものだった。
依頼を受けて聖獣の聖地を訪れた守護聖は四人。
不安を抱える灼熱の惑星を安らぎを齎す闇のサクリアで落ち着かせ、勇気を齎す風のサクリアで変化を促しつつ徐々に冷やして、水のサクリアで優しく包み込んで原初の海を作り出す。
地の守護聖であるルヴァの力は今回の場合、陸地形成の為の火山活動の調整に必要とされていた。
経過は順調で、今後は生命を誕生させる為に闇の力に代わって緑の力が多く必要となるだろう。
その他の星についても心配は無いようで、書類を持ってきたレイチェルの報告にも彼女は嬉しそうに顔を綻ばせていた。
新宇宙の女王と補佐官となってからも二人は本当によく頑張っていると、ルヴァは思う。

アンジェリークと守護聖達は育成が終わった後、レイチェルがお茶会の準備を整えて待機していたので誘われるままに楽しい時間を過ごした。
ルヴァ以外の三人はその後、クラヴィスはその力が今の時期に神鳥の宇宙でも必要とされていた為に、ランディはマルセルとゼフェルの二人に会うので、リュミエールはオリヴィエに用があるからと、早々に帰ってしまったのだが。
ルヴァはこの後特に予定が入っていた訳では無かったし、何より育成という名目があるとはいえ久しぶりに恋人と過ごせる機会を得たので、アンジェリークの体調を気遣いながら彼女がどうしても行きたいと望む場所に一緒について行く事にした。
それが今二人が居る森に囲まれたこの『花園』である。


ルヴァは最愛の天使が彼の膝で翼をたたんで眠りに就く前の遣り取りを、艶やかな栗色の髪を手で梳きながら思い返していた。

「本当に美しい花畑ですねぇ。甘く優しい香りが辺りに広がっていて…心身の疲れが癒されていくようですよー」
「ふふ、そう言って頂けると私も嬉しいです。私もこの『花園』にルヴァ様と来られて良かったと思います」

宮殿からそれ程歩いた訳でも無いのに、こんな近くにこのような楽園があるとは知らなかった。
ルヴァがそう伝えると、アンジェリークは青緑の瞳を綺麗に輝かせ、どこか照れくさそうで嬉しさを隠し切れない微笑で返してきた。

「私もここに他の人を連れてきたのは初めてなんです。………ここに来れるのは、私だけなので」
「貴女だけ?でも私ここに来ちゃいましたけど、良かったんですかねー??」
「大丈夫ですよ。ここは女王以外に一人だけなら来られるんです。ルヴァ様は今後お一人でもここに来ようと思えば来る事ができますけど、他の人は決して入れない――そういう領域ですから」

彼女の親友であり補佐官でもあるレイチェルすらここに連れてきた事は無いらしいという事実を知り、自分が恋人としてアンジェリークにとって特別なのだと言われているようで嬉しく思う気持ちもあったけれど、彼女の言った意味は気になる。
そんな心の内を察したのか、恋人は小さく首を傾げて上目遣いに見上げてくる。その姿は抱き締めたくなる程可愛らしいけれど我慢した。

「………やっぱり、気になります?」
「ええ。そんな言い方をされてしまってはねぇ…」

苦笑を零したルヴァを見たアンジェリークは顔を薔薇色に染めてしばらくもじもじと言い難そうにしていたが、決心したかのように顔を上げて真っ直ぐにルヴァの瞳を見る。

「女王にしか分からない苦悩があっても、それを補佐官や守護聖の皆さんの前ですら顔や態度に出す訳にいかない事は沢山あります。……ここはそんな時に女王が誰の目にも触れずに疲れを癒す為に、アルフォンシア…この宇宙の宇宙意志が創ってくれた『花園』なんです。あまり自分の部屋に篭っていると滅入ってしまうし、周りも心配しちゃいますから」

この場所の秘密を教えてくれたアンジェリークの言葉に嘘は無いようだが、それでルヴァだけが例外だという説明には不十分だと告げると、彼女は耳まで真っ赤にして軽く睨んで来た。

「ルヴァ様、分かってて言わせようとしてるでしょう?」
「…ふふ。まあ、私の希望的観測かもしれませんから、貴女の口からはっきり言って欲しいとは思ってますけどねー」
「もうっ………いじわる」

拗ねた振りをしてみせるアンジェリークだったが、知恵を与える地の守護聖である恋人に隠し事が通用するとも思えない。
言うのは恥ずかしいけれど、隠すような事ではないのだから――…

「……あなたは私が笑顔になれるまで傍に居てくれる、涙を受け止めてくれる…私の心の奥深くまで入れるたった一人の人だから。だから私以外でここに来れるのはルヴァ様だけなんです。ルヴァ様は故郷から持って来られた大切な思い出の品を、私に下さったでしょう?絵本も、砂の薔薇も、この指輪も……ここへルヴァ様を連れて来た私の気持ちは、それと同じです」
「アンジェ」

アンジェリークからの想像以上の告白に、ルヴァは自分の心臓が彼女にがっちりと掴まれたような心地がした。
心が囚われているというならとうに囚われていたが、改めて恋人が自分に向けるひたむきな想いを感じ、全身に感動の波が伝わっていくようだった。

「私、本当に幸せなんですよ。ルヴァ様をこんなに好きになれて、ルヴァ様にこんなに好きになって貰えて……」
「ありがとうアンジェ……私も貴女という人に出会えて、自分がこんなにも人を愛せる事を初めて知りました」
「ルヴァ様…」

熱っぽく潤む大きな青緑の瞳にじっと見つめられ、ルヴァは彼女から目が離せなくなっていた。
心のままに頭を覆うターバンを外すと、ブルーグリーンの髪を風が撫でていく。
最愛の天使を腕に閉じ込めると、彼女は心地良さそうに身を預けてきた。
静かにゆっくりと、二人の顔が近づいて―――唇が重なる。
幸せを分かち合うように、小鳥達のように、何度も何度も想いを重ね合う。
嬉しさの余り勢いで少し深めのキスを仕掛けてしまった時も、アンジェリークは一瞬体を小さく震わせただけで特に拒む様子が無かったのでそのまましばらく続けていると、やがて彼女の方からもおずおずと応えてくれた。
そんな遣り取りが、とても嬉しい。
やがて唇が離れた後、彼女は頬を染めて瞳を潤ませ、幸せそうな微笑を浮かべていた。

「ルヴァ様も、疲れた時ここに来て下さると嬉しいです。ここに居るだけでも疲れが取れますから」
「その時は貴女もご一緒しましょうね」
「はい!それで、あの…一つだけ我儘を言ってもいいですか?」

おずおずと赤い顔で上目遣いに見つめてくる彼女は、その表情が自分にとってどれ程の威力があるのか知らないのだろうか。
もう一度恋人に口付けたい衝動を抑えながら、ルヴァは微笑んで続きを促す。

「最近の育成で少し疲れてしまったので………ルヴァ様のお膝、少しだけお借りしてもいいですか?」
「ふふっそんな事ならお安い御用ですよ。さあ、いらっしゃいアンジェ。貴女が休んでいる間、私がずっと見守っていますから………」
「それじゃあお言葉に甘えて……おやすみなさい、ルヴァ様…」

本当に疲れていたのだろう、アンジェリークはすぐに寝入ってしまった。
そうして冒頭に至ったという訳である。


星系が――数多の星が生まれるという事は、宇宙を守り支える彼女にもその分より多くの負担がかかるという事でもある。
新宇宙から呼称を聖獣の宇宙と改めたこの宇宙は誕生以来膨張を続け、生命やいくつかの星系が誕生した。
そういった宇宙の発展具合に伴い、純白の翼だったアンジェリークの女王のサクリアが黄金色に輝く翼として現れるようになった。
女王は宇宙意志と一心同体である為、女王個々の資質以外に宇宙の状態にも大きな影響を受けるという証だろう――神鳥の先代女王のように。
彼女自身、即位したばかりの頃に比べると日に日に力が増していくのを感じると言っていた。
それ自体は大変喜ばしい事である。

しかし恋人としては、頑張りすぎて倒れてしまわないかと心配になってしまう。
彼女もなるべく自分のペースを保って頑張っているとはいえ。
現在ルヴァがエルンストらと共に調査を進めている神鳥の宇宙の創世期の記録によれば、人類が誕生する前には女王に心身とも莫大な負担がかかるそうだ。
それは『創世の危機』と記されていた。
宇宙を支えるので手一杯で発展の為に動けない女王に代わって、宇宙を越えてサクリアを運ぶ存在が居たらしい。
創世期にのみ現れるという守護聖とは異なる力を持つその存在は『エトワール』と称され、宇宙に多大な貢献を果たしたエトワールは何らかの形で認められる事で守護聖に肩を並べる存在として『聖天使』の称号を得るのだそうだ。
今はまだその資質を持つ者を判別する手段が見つかっていないが、アンジェリークの様子を見る限り負担が増してきているのは明らかだった。
創世の危機が訪れるのは、そう遠くないだろう。急がなくてはならない。
気が付くと繋がった手に力がこもってしまっていた。
彼女を起こしていないだろうかと慌てて様子を伺うも、眠りが深いらしく変わらぬ安らかな寝息をたてている。

「……ん…ルヴァ様………」
「はい」

寝言と分かっていても、可愛い天使からの呼び声が聞こえた以上は返事をしたい。
続く言葉が無くとも、彼女に応えたいからだ。
声が聞こえたのかどうかは分からないが、眠りの中にある恋人がふにゃりと幸せそうに笑う。
こんなささやかな事でも、胸の奥底に温かい灯りが燈る。
本から得られる知識だけでは経験できなかった事だ。
口元を嬉しそうに綻ばせて眠るアンジェリークは、どんな夢を見ているのだろう?
夢の中でも自分と一緒に居て幸せを感じてくれているなら、とても嬉しいのだが。
空いた方の手で優しく栗色の髪を撫でる。

「眠っちゃってたら意味が無いかもしれませんけど、子守歌でも歌いましょうかね」

私の膝であなたが安らげるというなら、大切なあなたのために子守歌を歌いましょう。
その疲れが癒えますように、少しでもあなたの力となれますように………


-Fin-


〜後書きとか補足とか〜
時期としてはトロワ最上恋愛ED後〜エトワールOP前で、星系が増えていってる段階です。負担も徐々に増してます。
タイトルは書きながら聴いてた曲の一つで、歌詞はどちらかというとルヴァ様の心境に反映されてます。
しかし「全てを受け入れた上で」覚悟完了するのはまだ先の話になります。
お誕生日用には覚悟完了するルヴァ様を書きたかったんですが、育成地視察中の描写とかで詰まってます(汗)
エトワールでのコレちゃんの公式絵がリモちゃんや先代女王と同じ金色の翼になってたので、トロワまでは白く描かれてたのに何でだろ〜?という疑問に対し私なりに出した答も入れてみました。
あとルヴァ様が割と積極的かもしれませんが、うちのルヴァコレはくっつくまでがやたら長くてターバン外した後はその分割と進むの早いと思ってますので、大丈夫だ問題ない。ぶっちゃけ『甘い〜』の話の時点で(中略)だったら、逆算してこの辺ではこれ位進展してても良さそうと思いました。
エトワールをする度に話に聞いたシムアー○をやりたくなってくる不思議。やった事無いから調べましたが上手く反映出来てるかは不明。
まだネタ出しの段階ですが、この話に対応するセイリモ編もその内書きたいです。涼しくなってからでいいよね…(遠い目)


2011.8.15 UP
2011.8.22 加筆修正

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