―幸せのひと時―

ふかふかで寝心地が良いはずのベッドの上で、アンジェリークは眠れぬ夜を過ごしていた。
どうにか眠ろうとして瞳を閉じてはみるのだが、眠気が全く来ないのだ。

ふぅ…

アンジェリークは一つため息を吐くと、眠るのを諦める事にした。
(今日も眠れなかったわ…レイチェルに余計な心配かけたくないのに………)

身支度を整えてカーテンを開けると、空はもう大分白んできている。
あと一時間程もすれば、朝食の時間だ。
アンジェリークが眠れないのは、何も今日に始まった事ではない。
瞳を閉じる度に、数日前に言われた言葉が胸を刺す。


事の発端は数日前のこと――
育成が順調に進んでいるにも関わらずアルカディアを襲う霊震の回数が増えてきている為に、銀の大樹に封印されているエルダに対するゼフェルとランディの不信感が爆発した。
その時の二人に言われた言葉が、アンジェリークの心に深く突き刺さった。
宇宙の為、ひいてはそこに住む人々の為に力を尽くす守護聖という彼らの立場。
二人がエルダに対して不信感を抱いてしまう気持ちは、宇宙を守る女王として十分過ぎる程理解できる……だからこそ、言葉が痛いのだから。

それでもアンジェリークはエルダと、アルカディアに呼ばれた際に聞こえた女性の声を、信じたいと思った。
特にエルダに対しては……何か説明のつかない、懐かしさに似た想いがこみ上げてくる。
直感的なその想いを他の人々に分かるように説明するのは大変難しい為、アンジェリークは育成を進めていく事で証明しようとこれまで頑張ってきた。
それが間違っているとは思わない。
彼女は結局育成を続けてエルダの封印を解く事を選んだ。
しかし、ゼフェル達の言う事ももっともで……

その結果、アンジェリークはほとんど眠れなくなってしまったのだった。
いつも一緒に居るレイチェルはそろそろ気付いているかもしれない。
疲れの取れない自分を気遣ってくれる彼女に、調査や人間関係の仲介に加えて霊震に備えての警備などで頑張ってくれているレイチェルに、それ以上の負担をかけたくなかった。
いつまで彼女を誤魔化せるだろう……気付かれるのはもはや時間の問題だった。
朝食は部屋で摂っているが、その後はレイチェルが一日の予定を訊きに来るのだから。

はぁ……

また一つ、ため息が零れる。考え事をしている内に朝食の時間になっていた。
食欲もあまり無いのだが、あちこち育成の為に訪ねる必要がある以上食べない訳にはいかない。
控えめなノックの後、世話役の女性が軽い朝食をワゴンに載せて運んできた。
アンジェリークは丁寧にお礼を言うと、あっさりとした味のスープを口にし始める。
レイチェルにはっきりと尋ねられたら、何と答えようかと頭を悩ませながら――



アンジェリークの予想に反し、朝食後に部屋を訪れたのはレイチェルではなかった。
「おはようございます。今日はとてもいいお天気ですよー。せっかくですから、私と一緒にどこかへ出かけませんか?」

見ているだけでほんわかと、優しい気持ちになれそうな笑顔を湛えてやってきた想い人。
ブルーグリーンの短髪に穏やかなグレーの瞳をした彼はルヴァという。
アンジェリークの故郷の宇宙で人々に知恵を与える地の守護聖をしているその人と、ずっと秘めてきた想いをほんの少し通わせたのは少し前の事だ。

「ルヴァ様、おはようございます」
微笑んで挨拶を返しながら、アンジェリークは先ほど鏡で確認した自分の顔を思い出していた。

(さっき鏡を見た時には、目にクマは出来てなかったから大丈夫よね……)
やはり好きな人の前では、綺麗な自分でありたい……そう思うのは、恋する乙女としてはごく自然な事である。

「はい、おはようございます。実は先日の件で、貴女と二人きりでお話したい事があるんですよ………私と一緒に、来ていただけませんかねー?」

先日の件――彼女の不眠の原因ともなった数日前の出来事だろう。
アンジェリークは深刻な顔つきでコクリと頷く。
ルヴァはその表情を見て小さく笑みを零して言った。
「そんなに固くならなくてもいいんですよー。貴女は育成を頑張っていたでしょう?あんな事があっても…だから今日くらいは、気分転換して欲しいだけです」
ね?…と微笑まれ、アンジェリークは自分の顔が熱くなっていくのを感じていた。

(ルヴァ様のこの笑顔には、ずっと勝てない気がするわ………反則だもの)

「それじゃあ……行き先はルヴァ様にお任せしていいですか?」
「そうですねー…東屋に行きましょうか。のんびりお話するのにいいベンチを見つけたんですよー」

アンジェリークが同意すると、ルヴァは手を差し出す。
その手を取ろうとした丁度その時、ふんわりと爽やかな香りが彼女の鼻腔をくすぐった。

「………?」
「おや、どうしましたアンジェ?」

首を傾げてアンジェリークの様子を伺う彼は、気付かなかったのだろうか。
「いえ、何でもありません。行きましょうルヴァ様」

(何だか落ち着く匂いがしたと思ったんだけど……気のせいかしら?)
それは過去に幾度か触れた香りなのか、どこか懐かしさがこみ上げるものだった。



「ここですよ。木陰になっていて、ゆっくり本を読みたい時はここに来るんです」
にっこりと嬉しそうな彼の笑顔を見ていると、こちらまで嬉しくなってくる。
ベンチに座りながら、アンジェリークはそんな事を思った。
想いを通わせたといっても現在自分達が置かれた状況が深刻なだけに、お互い本当に一部しか伝えてはいない。
彼らがお互いを好きになったのは、何もアルカディアに呼ばれてからの事ではなかった。
アンジェリークが新宇宙の女王になる前からずっと、密かに温められてきた想い。
結局その想いをお互いに告げられないまま彼女が新宇宙の女王となり、まだ記憶に新しい、故郷の宇宙の危機を共に戦った。
あの頃も今のように、先の見えない不安が常にアンジェリークを襲っていた。
足が竦みそうになった時、必ずと言っていいほど手を差し伸べて支えてくれたのが彼だ。
それは女王試験の頃もアルカディアに来てからも、変わらない。

「…アンジェ?具合でも悪いんですかー?」
隣に腰掛けていたルヴァが心配そうに声をかけてくる。

「大丈夫です。ただ……私はいつもルヴァ様に助けて頂いてると思って」
――本当に、彼には助けられっぱなしだ。それこそ感謝してもし足りない程に。
「いつもありがとうございます、ルヴァ様」
今までの感謝を込めてお礼を言うと、彼はくす…と微笑んで告げる。
「いえ、こちらこそ貴女に助けられてばかりですよー。貴女は気付いていないでしょうが、それこそ感謝し切れない程……ね?」
「それじゃあ、おあいこですね」

二人は顔を見合わせて微笑みを交わす。
それは無理に作った笑顔ではなく、心からの――


しばらく笑いあった後、急に真面目な顔つきになったルヴァが口を開いた。
「ところでアンジェ……貴女は最近ちゃんと眠れてますか?」
「え……………」

どうして気付かれたのか、とは思わない。
この数日間育成を休まなかったアンジェリークは、勿論ながら先日ルヴァの元も訪れた。
実はかなり周囲を見ている彼の事だ。気付かれても確かにおかしくはないだろう。
以前共に戦っていた頃、彼女が無理をしているとすぐに彼にバレてしまったのだから。
誤魔化そうとしても、彼のグレーの瞳は自分の嘘を見透かしてしまうだろう。

「実は、ここ数日ほとんど眠ってないんです……眠ろうとしても、目が冴えてしまって」
ルヴァの真っ直ぐに見つめる瞳からは逃れられず、アンジェリークは正直に話した。

「原因はやはり…あの時のこと、ですね?」

確認するような声は決して彼女を責めるものでは無かったが、何だか申し訳なく思えて、小さく頷くのが精一杯だった。

そうしてしばらくお互いに何も喋らずにいると、俯くアンジェリークの肩に腕が回された。
彼女が「え?」と思う間もなく、抱き寄せられる。
そして気が付いた時には……………ルヴァの腕の中だった。
その腕の温もりと力強さに、アンジェリークが紅く染まった顔を伏せたその時――

ふわ……

「……ぁ」
先ほど部屋を出る際ほのかに香った匂いが、より強く感じられる。
まさかと思い、アンジェリークは思い切って彼の胸に顔を埋めてみた。
「あの……アンジェ?」
少し戸惑うルヴァの声。それがいつもより近い場所で聴こえる。

(ルヴァ様の匂いだったのね………)

彼の服からは、森林に似た香りがした。静かに優しく包み込むような、彼の人柄が出た匂い。
どこか懐かしく感じたのは、厳しい戦いの日々で幾度か彼の腕に庇われた事があったからか。
幼子の様に涙が出そうになるほどの、絶対的な安心感。そして、圧倒的な幸福感。
心の中の迷いやわだかまりが、氷が解けるように消えて無くなっていくのがわかる。

「一人で抱え込まないで下さいね……」
耳に心地よい彼の声が、子守歌のように聴こえてくる……………
「はい……」
それだけ言うのがやっとで、アンジェリークの瞼はだんだん開けているのが難しくなっていく。


自分の腕の中で睡魔と闘い始めたアンジェリークの姿に、ルヴァは小さく笑みを零す。
その瞳はとても優しく、愛しいものを見守るような深い愛情を感じさせるもので……
「……おやすみなさい、アンジェ。貴女が眠っている間、私がずっと見守っていますから」
とうとう睡魔に負けて目を開けていられなくなった彼女が、声に出さずに唇だけで何かを言う。
その口の動きだけで、アンジェリークが眠りに落ちる直前に呟いた声なき声を理解したのか、ルヴァは照れくさそうな顔をして、眠りに就いた彼女の耳元に唇を寄せてそっと囁く。


果たしてその言葉がおまじないになったのかどうか、その後アンジェリークが不眠に悩まされる事は無くなったという………………


-Fin-


〜後書き〜
関俊彦さん、お誕生日おめでとうございます♪(UPしたのが一応6/11だから)
そして一方的に、ルヴァコレ香りネタが出るきっかけとなった某サイト様のあるお方に捧げます(笑)
ルヴァ様の深い愛情を感じて頂ければ幸いです。設定的には「世界でたった一つの星の花」と繋がってます。
ラストの二人のセリフについては、読者様のご想像にお任せしますねv

ここまで読んで下さってありがとうございます

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