―感覚―

美味しいものを食べて『美味しい』と認識できるのは、実は素晴らしい事。
心がそう感じるゆとりさえも持てなくて、それ程に疲れていて、あらゆる感覚が麻痺した様な時期があるから猶のこと。
様々な色に彩られた世界から完全に色彩が失せて、全てが灰色の濃淡に見えていた。
美しく咲き誇る花々や美味しそうな料理からの芳しいだろう香りも、心には届かなくて。
小鳥達の美しいはずのさえずりも、心に響いてはくれなかった。
寝心地の良いらしいベッドも、寝心地が良い様には感じられなかった。
そんな状態にまで追い込まれていた私に、まだ感覚がある事を、教えてくれた人がいた。
――その人は、もういないけれど………


それは、アンジェリークがニクスの部屋で午後のティータイムを過ごしていた時のこと。
「ニクスさんはお料理の味だけでなく、見た目にも思い入れがあるんですね。どうしてそこまで思い入れがあるのか、伺ってもいいですか?」
エメラルドの瞳を興味深そうに輝かせて、アンジェリークが問う。

ニクスはいつも、素材や調理法だけでなく、器や盛り付けにも細やかな心配りをする。
今二人が飲んでいる紅茶にしても、焼き菓子にしても、良く考えられていた。
全体が調和して見た目も味も楽しめる彼のセッティングからは、センスの良さが窺い知れる。
――それは彼の部屋の調度品や服装にしても、同じ事が言えた。

アンジェリークの問いかけに、優雅な仕草で紅茶を味わっていたニクスが微笑む。
「そうですね…。同じ美味しいものを頂くなら、見た目にも美しい方が良いでしょう?」
「紅茶とお菓子が本当に良く合ってて…凄くセンスがいいなって、いつも思ってますよ」
にっこりと笑うアンジェリークは『だから、コツがあれば教えて頂きたいんです』と続けた。
コツですか…と呟くとニクスはティーカップをテーブルの上に置き、顎に片手を添えて考え始める。
こんな風に考え事をしている時の彼の表情は、とても真剣で――いつもとは違う意味で、どきっとする。
ふいにニクスの瞳が、真っ直ぐにアンジェリークを捕らえる。
そして、いつもの上品な微笑みで、返事をくれる。

「コツと言えるほどのものではありませんが、相手の性質を良く知る事、でしょうか」
勿論、慣れるまで失敗する事もありましたが――と肩を竦めて教えてくれた。
「『相手の性質を良く知る事』…」
ニクスからの答をゆっくりと繰り返すアンジェリークに、彼は頷く。
「ええ。私としては、もっと良く貴女を知りたいのですが…お茶のお代わりは如何ですか?」
彼女のカップが空になっているのに気付いたニクスが、お代わりを勧める。
「お願いします。それじゃあ今度は私の事をお話しますね」


その後夕食の用意が整ったと今夜の料理当番のジェイドが知らせに来るまで、二人は色んな事を話し合った。
その会話の中のどれにも、偽りはないけれど――
ニクスは、アンジェリークの最初の問いに対し、厳密には答えてはいない。
アンジェリークに悟られる事はなかったが……
ニクスは夕食後、自分の部屋で一人、自嘲的な笑みを浮かべる。

「アンジェリーク……願わくば貴女がかつての私のように、感覚が麻痺するほどに、心が疲れ切ってしまわない様に……………」


心の痛みを知る時間の囚われ人の祈りは、今日も静かな夜空に溶けていった……………


-Fin-

〜後書き〜
お題部屋の『微笑んで傷つけた』と繋がるネタが出てしまったので書きました。また昔の女ネタでごめんなさい(^^;)
恋愛段階はまだそんなに高くなさそうです。2段階目くらい?まだあまり弱さを見せてくれない時期ですね。
心が疲れ切ってる時は、体を労わる様にしてみると良いかもしれません。
この話におけるニクスさんの思い入れに関しては、ニクス×アンジェ語りのニクス考察で語ってます。

ここまで読んで下さってありがとうございます

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