―笑顔に花束を―

エレボスの消滅によってアルカディアからタナトスの脅威が去り、初めての女王が誕生した。
タナトスを唯一完全できる能力を持つアンジェリークは宇宙意思の計らいによって、一緒に戦う内に想い交わすようになったニクスと共に、天空の聖地からアルカディアを護り導く女王となったのだ。
長年待ち焦がれていた女王の誕生に勇気付けられたアルカディアの人々は、タナトスやアーティファクト財団による災害から立ち直り、特に損害の大きかった首都ウォードンやリースの町も、次第に活気を取り戻していった。


そんなある日の事。
アンジェリークは女王である彼女を助ける補佐官となったニクスと、復興した首都ウォードンの視察を兼ねて絵画展に行くことになった。
ある巨匠の晩年の作品が寂れた雑貨屋の奥で埋もれていたのを、復興の記念式典で人々に見て貰えるようにとウォードン美術館が買い取ったのだそうだ。
その式典には、女王であるアンジェリークは当然ながら招待されていた。
篤志家として、また現在やり手の補佐官としても知られているニクスも、勿論招かれた。

その巨匠は無名の頃、絵の修理屋としての腕を見込まれて聖都セレスティザムの教団本部にある女王の肖像画の修理を任された人物で、その肖像画の精巧な模写を何枚か描いたらしい。
流石に当時の教団長が選んだだけあって、まるで本物の女王を前にして描いたような細やかな描写を再現したのである。
背中に輝く金色の翼、艶やかな水色の長い髪、慈愛に満ちた微笑み……そして、纏う神々しさ。
彼はその肖像画の複製によって、一躍有名になった。
ちなみに陽だまり邸にある女王の絵も、その画家が描いたものである。
そんな彼の、一人の画家としての代表作は、自らが作った物語に沿って描かれた作品群である。
しかしそれらの絵は今まで未完成とされてきた。巨匠が発表しないまま亡くなった為である。
これまで最後の作品とされた絵を発表した画家は、『この物語絵はあと三枚で完成する。この物語を描き終えるまで、私は死なない。否、死ぬわけにはいかないのだ………』と言い残して消息を絶った。
その数年後、碑文の森の奥で異変があると報告を受けた教団の騎士に発見された彼は、タナトスに襲われたらしく、既に事切れていた。
森の奥には彼のアトリエと思われる小屋があったが、そこには書きかけの肖像画があるのみだったそうだ。
こうして存在そのものが疑問視された幻の三枚が、どういう経緯でその雑貨屋に辿り着いたのかは分からないが、ようやく最近になって発見されたのである。


女王誕生によってアルカディア全体が変わりつつある忙しい状況の中での式典だった為、聖地を長時間離れられない立場の彼女に代わって多忙を極めるニクスはあまり乗り気ではないようだったが、招待状に書かれた巨匠の名前を見て一瞬表情が強張ったのを、アンジェリークは見てしまった。
その時の彼の様子がずっと気にかかっていた彼女は、各地の復興状況確認の調査を依頼した教団長のルネから報告を受けた後、それに対する対応を話し合うべく新政府高官らとの会談に行くニクスを説得して、何とか時間を作ってもらって一緒に参加する事になったのである。
もし彼自身が巨匠の作品を気にしている様子でなかったら、きっと言い出せなかっただろうが――



そして式典当日。
女王であるアンジェリークは人々の前で話をするはめになった。
それは予め予想していたので、緊張しながらもどうにか無事に終えたが、その後大勢に囲まれて次から次へと話しかけられた時は、目が回りそうになっていた。
察したニクスが上手く言ってくれたおかげでアンジェリークはどうにか解放され、二人並んで展示してある絵を観る事にしたのである。

「こちらの絵は、当時貴族の間で流行した乗馬の様子を描いたものです。
躍動感溢れる馬を描くために、この絵の作者は随分と動物デッサンに励んだそうですよ」
「本当に楽しそうな絵ですね。馬の瞳がつぶらで可愛いわ……」

百〜三百年前の時代を生きた巨匠達の名画が多く展示されている中、ニクスはアンジェリークに一枚一枚丁寧に絵の解説をしていく。
ゆっくりと絵を鑑賞しながら進んでいく内にふと気がつくと、彼が足を止めたまま何も言おうとしなかったので、その視線を追う。
すると人だかりが出来た場所に、観る者を圧倒する迫力を持つ絵があった。
それは油絵で、背中に純白の翼を持つ水色に輝く長い髪の少女が、沼に沈もうとしている黒髪の若者に手を差し伸べているという構図だった。
絵の中の若者は必死に手を伸ばそうとしているが、その手足や首には奇妙な植物の蔓が絡まっていて身動きが取れない――
そう。それはかつてエレボスに取り込まれたニクスの姿と酷似していたのだった。

「ニクスさん…この絵は………」

おずおずとアンジェリークが話しかけると、ニクスは視線を彼女に移して微笑んだ。
その顔はどこか無理をしているような、痛みを堪えているような、切ない表情で。

「この絵は、かつて私の親友だった画家が描いた物だそうです。そう……今からおよそ二百年ほど前の、ね……………」

ニクスは再び絵を見つめながら、説明を続ける。
この絵は彼の親友が作った絵物語のうちの一枚らしい…という事、画家だった親友には龍族程ではないが不思議な力があった事、自分がエレボスの力のせいで普通の人間の様に死ねない体になった事に気付いたニクスは、一度も自分の体の事を話さぬままで親友から離れた事、その後親友が後世の芸術家達に多大な影響を与えるほどの高名な画家になった事、今日の式典で披露される絵の作者が、他ならぬその親友である事を。

(この人は、ずっと消えない痛みを抱えているんだわ……………)

アンジェリークはニクスの横顔をじっと見つめながら、改めて思う。
二百年という年月の間、彼がどれ程の孤独と苦しみを抱えていたのだろう、どんな思いで、自分を探し出してくれたのだろうか……と。


会場で公開された三枚は、その後少女と仲間達によって沼から救い出された若者が、己の弱さや迷いと向き合い克服して愛する者と幸せに暮らす…という物語の最終章だった。
愛する少女と微笑を交わす若者の表情は、本当に幸せそうに描かれている。
それはまるで、最愛のアンジェリークを側で支えながら幸せに暮らす、現在のニクスの姿を描いているようだった。
もっとも、絵の主人公は短髪でモノクルもつけていなかったし、他の登場人物達にしても、女王をモデルとして描かれたとされる少女はともかく、仲間達とは髪の色くらいしか似てはおらず、服装はニクスでさえも着た事の無いような、かなり古い時代の衣装だったけれど―――

「……貴方は、こうなる事を知っていたのですか………?」

絵を見つめたままのニクスの問いに、答える相手は既にこの世に無く。
隣に立つアンジェリークは、何も言わずに彼の手を両手で包み込んだ。
二百年という年月の重さを身をもって知る彼の痛みを、女王となって普通の人間と異なる時間の流れを歩み始めたばかりの自分が本当に理解できるのは、まだ先のことだろうけれど。
多くの出会いと別れを経験した彼が、どれ程の決意で自分との道を選んでくれたのか、想像の範囲でしか分からないけれど。
……………それでも。

「ニクスさん…生き続けてくれて、諦めないでいてくれて、本当に、ありがとうございます……」

貴方に出会えた事が、とても嬉しいから。
まだまだ先の事は分からないけれど、一緒に歩いていけるのが、本当に幸せだから………

「きっとニクスさんのお友達も、ニクスさんに幸せになって欲しいと思ったんでしょうね」

彼の親友の残した絵は、悩みを秘めたまま姿を消した大切な親友に宛てた手紙なのだろう。
幸せになれという願いと、きっと苦しみを乗り越えるニクスへの祝福を込めて―――…

「まったく……あの人らしい。実に手の込んだ、回りくどいメッセージですね」

やれやれ困ったものだ…とおどけた口調で話すニクスは、懐かしそうに瞳を細めて微笑む。
その視線の先には、親友の遺した最後の絵。
彼は故人がそこにいるかのように、巨匠最後の作品である絵に囁くような声で語りかける。
その絵の周囲の人だかりを避ける為二人は少し離れた所に立っていたので、絵に釘付けになっている他の招待客は二人の様子に気付く気配もなかったが。

「確かに、受け取りましたよ……貴方が生涯かけて、私に贈りたかった言葉を」

アンジェリークはその様子から、彼とその親友の絆の強さを見た気がして少し寂しくなった。
それに気付いたのかどうか、ニクスはくるりと彼女に向き直ってその手を取ると、告げた。

「貴女が強く勧めてくれなければ、私はきっと彼の声に気付かなかったでしょう。心からの感謝を捧げます……………ありがとう、アンジェ」

最後の方はアンジェリークの耳元で囁かれた。
人目を気にした彼女は、顔を真っ赤に染めて俯く。
しかし一瞬の事だったので、幸い他の招待客には気付かれなかったようだ。

「おや、顔が赤いですよ?」
「……ニクスさんの意地悪」

頬を膨らませるアンジェリークにニクスは片手を差し出す。

「そろそろ帰りましょうか」

室内に設置されている時計を見る限り、まだゆっくりしていても大丈夫な時間なのだが……

「え、もういいんですか?」
「ええ。貴女も式典で随分とお疲れのようですし、それに………」
「それに、何ですか?」

きょとんとした眼差しで見上げてくるアンジェリークに、ニクスは苦笑いで応える。
結局続きの言葉は口にされないまま、二人は美術館を後にした。

『それにこれ以上此処に居ると、貴女は人目を気にして私に触れさせてはくれないでしょう?』


-Fin-

〜後書き〜
ニクスさん、遅ればせながらお誕生日おめでとうございます(^-^))
某市立美術館で開催されてたプラド美術館展に行った時の妄想から出たネタです。
作者が一体どんな思いで絵を描いたのか後世の人間には想像するしかありませんけれども、ただ思うのは、祈りや願いといった人の強い思いが絵を通して人の心を打つんだろうなー…という事でしょうか。
タイトルは米倉千尋さんの歌から頂きました(^-^) ご存知の方は是非聴きながら読んでくださいv
2006.9.24 UP

ここまで読んで下さってありがとうございます

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