―年を重ねてゆくあなたを、ずっと傍で見ていられますように―
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| 最近よく思う事がある。 空に浮かぶ雲のように、自分を知っている人間が誰も居ない遠くへ一人で旅をしてみたいと。 ―――二つの宇宙を比較的自由に行き来出来るようになったとはいえ、今でもあまり頻繁には逢えない最愛の人からも遠く離れて…… 彼女への想いは冷めるどころか、逢う度に、そして逢えない日々が続く程にますます募っているというのに。 故郷を離れた時には、生涯唯一人の相手に巡り合って本当の姿を見せる日が来るとは考えていなかった。 本当に、愛しい人。その想いは二人が想いを通わせてからも変わらず――否、愛しさは増すばかりなのに。 ルヴァがそんな自問自答を繰り返していた時に、聖獣の宇宙に自分と同じ地のサクリアが息づく宙域があると知った。 二つの聖地の時間の流れは同じ速さだが、聖地と外界の時間は大きく異なる。 今の聖獣の宇宙では外界の数年が両聖地の一日の長さだと、以前アンジェリークが言っていた事を思い出す。 ―――確かめたいと、強く思った。 自分では分からない無意識で、何を求めているのかを。 早く確かめなければ――と、込み上げてくる焦燥にも似た思いに、強く突き動かされる。 その心のままに彼は謁見の間に居たロザリアに女王との謁見を求め、聖獣の宇宙への視察の為に十日間の休暇を無事得る事が出来た。 実際には一週間のつもりで申し出たのだが、あるがままの育成地の様子を見る為あくまでお忍びで現地時間で数ヶ月ほど―それでも聖地での一日にも満たないが―滞在するつもりだと伝えると、ルヴァが仕える神鳥の女王は何故か一瞬呆れたような顔をして十日の休暇を告げたのだ。 「往復と滞在で一週間、それに残り三日間は準備の為の一日と純粋な休暇。全くもうっ!ただでさえ平日は二人とも忙しくしてて逢えないくせに、せっかくのお休みまで潰しちゃうなんて…あの子が可哀想でしょう?こちらで出来る手配はしておくから、今からあちらへ行ってあの子たちに直接頼んで頂戴。もう今日の執務は終わっているのでしょう?」 「ええ。ありがとうございます陛下……では、私はこれで失礼します」 「あちらの皆さんによろしくね、ルヴァ」 謁見の間からルヴァが退室した後、女王とロザリアは顔を見合わせて困ったように笑った。 「あれじゃあ、来週が自分の誕生日だって忘れてるわね」 「そうね。あの子がちゃんと教えてくれるだろうから、誕生日は大丈夫だと思うけど……」 謁見の間での女王と補佐官の会話など露知らず、ルヴァは早速次元回廊を通り抜けて聖獣の宇宙の聖地を訪れていた。 こちらの聖地は神鳥の聖地と同じく過ごしやすい気候に保たれながらも、やはりどこか若々しさに溢れている。 そして何よりも感じるのは、今現在聖獣の宇宙を治めている創世の女王であるアンジェリークの力だ。 神鳥の聖地は今の女王を含めた歴代女王達の力で守られているのに対し、聖獣の聖地では彼女の力をはっきりと分かる程に感じられる。 そこに居るだけでほっとした気持ちになれる、優しく包み込むような息吹。 ルヴァにとってはターバンを外した姿を見せられる最愛の女性であるアンジェリークの、優しく包容力溢れる人柄をそのまま表しているようだ。 訪れる度に安心感を得る一方で、彼女の存在をいつでも感じられる――傍に居られる人間に対する僅かな嫉妬を覚える。 (貴女を独り占めしたい…なんて、言える立場じゃないんですけどねー…) 彼女はこの聖獣の宇宙の女王陛下だから自分一人のものに出来る存在ではないと、頭では理解しているのだけれど。 アンジェリークが女王候補の頃から見てきて、彼女が創世の女王として即位した後も何かしら大きな事件が起こる度に傍に居た。 一緒に居る時の彼女は本当に普通の少女のように身近な存在で……その身に強大な力を秘めながらも、やはり大切な唯一人の愛しい人で。 (そういえば…彼も神鳥の聖地に来る度に、私と同じような事を考えてたりするんでしょうかねー?) ルヴァが仕える神鳥の現女王の恋人である、今では聖獣の緑の守護聖となった元天才芸術家で感性の教官でもあったセイラン。 今の立場だけを言えば自分達と同じく『別々の宇宙に属する女王と守護聖の恋』という事になるが、彼の場合は出会った時点で既に相手は宇宙の女王であり、セイランは普通の人間の時間の流れの中に生きていた。 その生きる時間の速さの違い故に、二人には色々と葛藤もあっただろう。 それでも――この聖獣の宇宙の初代女王を決める女王試験の最中に、彼らは恋人として付き合い始めていた。 守護聖達の中でも年若い三人が、戸惑いながらも年の近い女王を彼らなりに祝福し、励ましていた事を思い出す。 それよりは少し年長の三人の守護聖達は、二人が自分達の立場を理解し意外にもその役割を疎かにしない事を前提で付き合っていると知ってからは、割と柔軟な態度で見守っていたように思う。 ルヴァを含む在任期間が最も長い三人の守護聖は……… (ジュリアスは断固反対、クラヴィスは我関せず、でしたねぇ……) ジュリアスが反対していたのはセイランとあまり仲が良くないからというだけではなく、彼なりに女王を心配しての事だった。 自ら憎まれ役を買ってでも、女王の為、宇宙の為、女王自身の心を守る為に反対を貫いていた。 生きる時間の大きく違う相手を想っても、いずれ悲しい別れが来るのだと。 クラヴィスはきっと彼なりに思うところはあったのだろうが、基本的に静観に徹していた。 ひょっとしたら何らかの行動を起こしていたかもしれないが、少なくとも表向きにはそうだった。 ルヴァ自身はというと、即位前の先代女王とクラヴィスの恋に口を出した事がかえって二人を苦しめたかもしれないとどこかで引きずっていた事もあり、元々恋愛に疎い方だった事も手伝って距離を置いて彼らを見守る立場に徹していた。 どの守護聖も女王の恋愛が宇宙に悪影響を与えないかと少なからず心配していたが、王立研究院からの報告はそれを見事に否定するものだった。 (宇宙が恋をしているようだ、と表現したのはオリヴィエでしたねー) 女王が彼に恋をしてから、宇宙全体が生き生きと輝くように活性化した――そうとしか思えないようなデータの数々を、ルヴァは確かに見た。 代々学者の家系でありルヴァ自身が学者肌な事もあって、データがはっきりと示している事実を否定する事は出来なかった。 それは知恵を与える地の守護聖としても純粋に学究の徒としても、真理を追究する道に反する事だったから。 元々特に二人の恋に反対をしていた訳でも無かったので、あるがままの事実をジュリアスに伝えた。 結果的に首座の守護聖の判断は―――現状維持、つまりこのまま何も問題が無ければ二人の仲に干渉はしないというものだった。 それからだろうか、きつい物言いをするセイランと話す機会が少しずつ増えていったのは。 ……いや。それ以前に女王候補だった頃に、アンジェリークが教官だった彼について話していたように思う。 ルヴァとは別の方面から同じものを追求している人だと、透き通る青緑の瞳を輝かせ嬉しそうに微笑んでいた栗色の髪の天使。 その時は正体が分からなかったちりちりと胸を焦がす痛みが嫉妬だと気付いた時には、既に彼女への想いは自分の中で誤魔化しきれない程大きくなっていた。 (あの時点で既にアンジェ達は陛下とセイランの事に気付いてたんですよねー) 暗黙の了解として誰も女王候補だったアンジェリークとレイチェルの前では口にはしなかった二人の恋を、彼女達がどのように知ったのかは知らない。 あの頃の自分はアンジェリークがセイランに対して特別な感情を持っていると思い込んでいた為、彼らの仲を知って落ち込むどころか心から祝福している様子を見て驚いた。 傷付いて無いのか訊ねてみても、言われている意味が分からないといった風に首を傾げていたアンジェリーク。 本当にセイランに対して特別な感情が無い様子に心から安堵したのも、後になってみれば彼女に想いを寄せていた事が大きかったように思う。 その事を理解して自分なりに受け入れる事が出来るようになった頃、気が付くとセイランはルヴァにとって良き茶飲み友達の一人となっていた。 アンジェリークが言ったように、彼と話していると思わぬ方向からの発想で良い考えが浮かぶ事がしばしばあった。 そんなセイランなら、今自分が抱えている焦燥感に似たものの正体が分かるかもしれない。 それに現在宇宙の女王を恋人に持つ人物は、ルヴァの他には知っている限り彼しか居ない。 思い返してみれば、彼は守護聖となる前に神鳥の聖地で催された王立芸術院の創立記念式典をすっぽかした事があった。 ―――当時まだ普通の人間の時間の流れに生きていたセイランにとっては、約三年ぶりの恋人との再会だったはず。 親友である女王の恋を応援するロザリアに頼まれてあれこれとアドバイスしたはいいが、彼の行動は正直想定外だった。 もっとも、あの時は自分も時間を潰している内にいつの間にか本に集中していて、アンジェリークが久々に故郷の聖地を訪れる日だったのにも関わらず、リハーサルをすっぽかしてしまったのであまり強くは言えないが。 何故セイランは恋人と一緒に居られる時間を、あえて自ら手放すような真似をしたのだろう? 彼が本当は優しさも実もある人物だと思えばこそ、三年の間に心変わりをした訳でも無いのにそんな行動に出た理由が分からなかった。 「視察の申し出をしたら、彼の執務室に寄ってみましょうかねぇ……」 あの頃のセイランと今のルヴァでは取り巻く状況が色々と違っているのは承知の上で、とりあえず話だけでも聞いて貰おうと思った。 〜続きます〜 |