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草原で虫の鳴き声が聞こえる、月灯りがふんわりと落ちてくる夜。
陽もとうに暮れている夜道を、月光に照らされた美しい宮殿へと急ぐ人影が二つあった。
「まさか、彼が守護聖候補とは……世の中、何が起こるか分かりませんねぇ………」
穏やかな口調で感慨深そうに呟いたのは、現在二人が歩いている聖獣の宇宙とは違う、神鳥の宇宙と呼ばれる宇宙の女王に仕える地の守護聖ルヴァだ。
「あいつらを試験の協力者に選んだのは陛下だろ?何か感じるモンがあったのかもな…」
ルヴァの発言を受けて言葉を返すのは、彼と同じく神鳥の宇宙の鋼の守護聖ゼフェルだ。
そんな二人が現在聖獣の宇宙の聖地、それも夜に出歩いているのには理由があった。
創世の危機に瀕したこの聖獣の宇宙と、それを全力で守る女王を救う為、エトワールとして聖地に来た少女エンジュは、とても前向きな姿勢で使命に臨んできた。
その働きのおかげでついに今日、聖獣の宇宙初の守護聖となる候補者が判明したのだ。
報告を聴いたルヴァはいてもたってもいられず、偶然会ったゼフェルと共に、聖獣の宇宙の最新の情報が得られるこちらの王立研究院に駆けつけた。
石版の神器たるタンタンが伝える座標を元に判明した聖獣の宇宙最初の守護聖候補の名前は、彼らの良く知る人物のものだった。
その為二人は驚きを隠せないまま、自分達が仕える女王に報告しに戻る事にしたのだ。
急いでいた二人だが、神鳥の女王への報告に戻る前に、聖獣の宇宙の謁見の間へと足を運ぶ。
聖獣の宇宙の女王補佐官であるレイチェルが研究院に来ていなかった為、戻る前に彼らが聞かされた事実を伝えようとしたのだが、生憎彼女は席を外していた。
すれ違わなかったので、おそらく別の重大な用件を片付けているのだろう。
「なんだ、いねーのか?ま、どうせすぐに研究院の連中が連絡するだろうけどよ。んじゃあ、とっとと戻ろうぜ…って、おい……………ルヴァ?」
レイチェルの驚く顔が見られると思っていたゼフェルは少し残念そうにしたが、それなら神鳥の聖地へ戻ろうと、隣のルヴァに目を向けた。
彼は声をかけられた事にも気付かずに、何とも言えない表情である方向を見つめていた。
切ない視線の先には、聖獣の女王アンジェリークが宇宙を支える為に篭っている部屋の扉。
その意味に気付いたゼフェルは再度、「おい」と呼びかける。
そこでようやく気付いたルヴァは「ああ、すみません」と謝り、ゼフェルに顔を向けた。
「オレは先に戻ってるから、オメーは一休みしてから来いよ。慌ててきたせいで息が切れてんだろ?無理すんな」
既に呼吸は整い、動悸も収まっているのは、見ればすぐに分かる事だったが――
「………それではお言葉に甘えて、少し休憩してから行きますねー」
ゼフェルの気遣いをありがたく受け取り、もうしばらくこの場に留まる事にする。
彼一人しか居ない謁見室は、しん…と静まり返る。
ルヴァは一言も発さないまま、そっとアンジェリークの居る部屋の扉に近づいた。
固く閉ざされた扉を見つめ、扉一枚を隔てた向こうにいる彼女を想う。
扉越しにも感じられる、アンジェリークの温かくてやわらかな気配。
……………本当は。
今すぐにでも逢いたい、抱きしめたい。ずっと側に居て、彼女を支えていたかった。
それでは根本的な解決にはならないという事は、嫌というほど分かってはいたけれど――
(アンジェリーク……)
扉にそっと手を触れて瞳を閉じる。
彼女に逢えなくなってから、こちらの聖地を訪れる度に繰り返されてきた行為だ。
来る度扉の向こうに居る彼女に声をかけようとするのだが、全力でこの宇宙を支えるアンジェリークの妨げになってしまうと思うと、できなかった。
当初は扉越しに話しかけても、返事をする余裕さえ、彼女にはなかったのだから………
(それに私の方が、彼女の声を聞いてしまうと耐えられなくなるでしょうね……)
声は聞けても、その可愛い笑顔を見れない事に、触れられない事に。
今の彼女の為に自分に出来る事が何か分かっているからこそ、側に居られない事にも。
それが今の自分にはとてももどかしくて……………苦しい。
彼女と想いを通わせる前にも、その助けになれているだろうかと思い悩む事は度々あった。
しかし二人の距離が狭まるにつれてその痛みが増し、激しく渦を巻くようになっていったのだ。
それまで自覚することの無かった激しい痛みに、この恋を諦めようと思った事も数知れない。
――もっとも、今となっては諦める方が考えられない事だったが……
声を聞いてしまったらきっと、逢えない事実に、苦しくなるから。
心の平静はとうに崩れていたが、それでも表に出さずに居られるのは、彼女の声さえも聞かない事で、どうにか抑えているからなのだ。
少なくとも、彼自身はそう思っていた。
実際には、隠し切れない感情ゆえに彼本来の穏やかな笑顔が曇っている事を、彼は知らない。
事情を知らない者なら気付かない位だが、守護聖たちはその事に心を痛めていた。
しばらくの間一言も発する事無く扉の前に留まっていたが、そろそろ戻らねばならないだろう。
そう思って彼が扉から手を離したその時、謁見の間の入り口の方から声がかかる。
どきっと心臓が跳ねた。
「あれ、ルヴァ様?ゼフェル様と研究院に向かわれたはずじゃあ……」
声の主はこの聖獣の宇宙で、女王補佐官をしているレイチェルだった。
アンジェリークの親友でもあり、ルヴァとアンジェリークの仲を知る人物でもある。
彼女は他の場所での用事を片付けて戻ってきたらしく、その手には報告書の束があった。
「ええ。この宇宙最初の守護聖候補が判明したので、貴女にも伝えておこうと思って来ました」
他の者でなくて本当に良かったと、胸を撫で下ろしながら扉を離れてレイチェルに近づく。
自分の話し声を聞かれて、アンジェリークに嫌われたくなかったのかもしれない。
恋人であるはずの彼女にだけはどうしても、声をかけられずに居るのだから――
「……それはアンジェリークに、もう教えたんですか?」
レイチェルの問いに、ルヴァは静かに首を横に振る。
「いいえ。補佐官である貴女から伝えてもらう方がいいと思いましたから」
半分は本当のこと。
アンジェリークが最も信頼を寄せているレイチェルが、聖獣の宇宙をずっと二人一緒に守ってきた彼女が、伝えるべき内容だと思ったのは本当の事だ。
彼女たちの絆はとても強い。アンジェリークの恋人のルヴァでさえも、時折嫉妬を覚える程に。
だからこそ彼女が大変な今の状況で、その側にレイチェルが居てくれる事を心強いと感じる。
「えぇっ?!ワタシが補佐官だからって気を遣って下さらなくても、ルヴァ様から伝えて下さって良かったんですよ?あの子だってきっと喜びますって!」
レイチェルは一応予想していたとはいえ、彼の返事にもどかしさを感じた。
エンジュが来て以来、聖獣の宇宙を支えるアンジェリークも前より楽になったと言っている。
あの部屋に篭ってすぐの間は話しかけても返事さえ返せない状態だったのが、今では扉越しに話ができるまでになっているのだ。
その親友と恋人同士の間柄である彼が遠慮する理由が、レイチェルには分からなかった。
(あの子はあの子で、ルヴァ様が声をかけて下さるまで待つ、とか言ってるし……)
そう。部屋から出られないとはいえ、恋人の訪れをアンジェリークは気付いていたのだ。
そして彼が扉の前まで来ていながら何故か話しかけないままで、いつも戻ってしまう事も。
レイチェルは実際に何度か見かける内に、その事に気付いて親友の為に怒った。
すると扉の向こうのアンジェリークは、静かな声で言ったのだ。
『ルヴァ様に逢いたいって気持ちが、今の私を支えてくれるから……………』
アンジェリークがどんな想いでそんな事を言ったのかは、分からない。分からないけれど――
「ルヴァ様。補佐官ではなくアンジェの親友として、一言言わせてくださいね。貴方のお考えは知りませんけど………あの子はずっとルヴァ様を待ってますよ。そんなコト、ワタシの前でも滅多に口に出さないけど……………」
「レイチェル……」
これ位は言っても許されてもいいと思う。大切な親友に寂しい想いをさせているのだから。
レイチェルは女王試験の頃から、この二人のもどかしい恋を見守り続けてきたのだ。
そろそろ積極的になって貰わないと、傍で見ていて歯がゆくて仕方ない。
何も言えずにいるルヴァに構わず、レイチェルは続ける。
「それじゃあワタシはこれから王立研究院に行ってきますから、ちゃんとルヴァ様からウチの陛下に伝えてくださいね!あ、勿論伝言なんて出来ないように職員は早々に帰しますから♪」
このまま戻るなんて許さない……レイチェルの様子はそんな迫力があった。
そして彼女は反論の隙を与えず、早々に出て行ってしまう。
再び静寂を取り戻す謁見の間に一人残されたルヴァは、緊張した面持ちで再び扉の前に立つ。
――今更、と言われるかもしれない。
彼女が倒れてからも幾度となくこちらに来ていたのだから、言われても仕方ないだろう。
(貴女は、こんな私を許してくれるのでしょうか………)
「……アンジェリーク」
ようやく出た声は、弱弱しくて…自分でも情けないと感じた。
その後に続く言葉が見つからず黙り込むルヴァに、部屋の中から焦がれていた声がした。
「ルヴァ様……お元気なさそうですけど、大丈夫ですか?」
久々に聴いた彼女の声に、自分で思っていたよりもずっと、心が震えた。
優しく透き通るような響きは、確かに愛しい恋人の声だ。
「ええ…大丈夫ですよ。貴女の方こそ、体の方はどうですか?」
本当はずっと、人づてではなくアンジェリーク本人に訊きたかった事。
「エンジュや皆さんのおかげで、前より楽になりました。ルヴァ様はこの宇宙の為に随分駆け回って下さってるって、レイチェルから聞いてますけど…アルカディアの時みたいに、本当はお疲れなんじゃないかってずっと心配してたんですよ?」
「それを言われると……参りましたねぇ………」
何故もっと早く声をかけなかったのだろうと思うと、とてももったいない事をした気がする。
先ほどまであれだけ話そうとしなかったのに現金なものだと、自覚してはいたけれど……
ルヴァは苦笑しながら、扉の向こうに居る恋人との久々の会話を楽しむ。
話ができるようになったとはいえ、まだ無理は出来ない彼女を気遣いながら話を続けていた。
しばらくして、ふ……と会話が途切れた時、アンジェリークは恋人であるルヴァにある事を頼んだ。
「今はまだ扉越しでしかお話できませんけど、いつか…お会いできるようになったら………」
最後の方は小さな声だったが、どうにか扉越しでも聴き取ることができた。
滅多に我儘を言わない彼女の『お願い』に、ルヴァは顔を赤くする。
口元が嬉しさのあまり緩んでしまう。これはむしろ、自分の方が嬉しい頼み事のような気がする。
言った方のアンジェリークはきっと、耳まで真っ赤にして俯いているのだろう。
ルヴァにとって嬉しいアンジェリークからの『お願い』とは、『お会いできるようになったら、ぎゅって抱きしめて下さい………』というものだった。
それは彼の方でも、ずっと願っていた事だ。断る理由が無い。
「…喜んで。今実行出来ないのが、とても残念ですよ……」
離れていても、二人の願いは一つ。
-Fin-
〜後書き〜
やっとこさ書けました(^^;) エトワールでの最初の試練の地クリア後のイベントですね。ルヴァ様が息切らして駆けつけて下さった時は、興奮するあまり私の息も切れそうでした(←まて)
しかもこのイベント、最初にクリアする試練の地を緑にしてれば、セイリモ好きとしてもおいしいイベントなのですよ
……奴(セイラン)もついに年貢の納め時が来たかと思ったのは私だけでは無いと思いたい。
勿論すぐさまセイランの説得に向かいましたよ、嬉々として(笑)
ちなみに翌日エンジュがレイチェルの所に行った頃には、既に両補佐官+ゼフェルさまのおかげでルヴァ様のアリバイは完璧です(謎)
このネタもコレちゃん視点考えてたんですけど、また別の機会になりそうですね(^^;) ……覚えてたら(汗)
扉越しに言葉を交わす事無く、ただお互いの気配を感じ取るだけ…そんなシチュも合うなぁと思いますが、やっぱりそれだと見ててもどかしくてしょうがないのでレイチェルに頑張って貰いました。ありがとうレイチェル!(笑)
2006.9.17 UP
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