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もしこの身が呪われていなければ――そう思わずにはいられない。
それは今更言ったところで変えられない事実。
だからこそ私は、気の遠くなる年月をただ一人の存在を求め、焦がれてきたのだから。
私を終わらせてくれる、ただ一人の少女を―――…
かつて『理想郷』と称されたアルカディアは現在、『タナトス』と呼ばれる他者の生命力を吸い取る正体不明の存在によって脅かされていた。
そんな中でタナトスを浄化できる能力を持つ者として、また篤志家として、アルカディアの人々の為に尽力する青年が居た。
――彼の名はニクス。アルカディアのあちこちを駆け回って活動している為か、多くの人々から尊敬の眼差しを注がれている。
「私は尊敬に値するような事はしていないというのに……」
『陽だまり邸』と呼ばれる館の一室で、多くの書類と感謝の手紙が山積みにされた机を前に、ニクスは一人でお茶の時間を楽しんでいた。
香りの良い紅茶をじっくりと味わうと、心が穏やかになっていく。
お茶をのんびりと楽しんでいる間だけは、忌まわしい己の体の事を考えずにいられる。
ティーカップを片手に窓から外を眺めると、アルカディアの空はタナトスに脅かされているとは思えない程に澄み渡っている。
ふと視界にきらきら光るものを見つけたので目をやると、そこには僅かに青みがかった銀色の長い髪をした少女の姿があった。
(そういえば、彼女の存在はお茶の時間以上に心休まるものでしたね)
ニクスはそんな事を思いながら、穏やかな視線を彼女に注いだ。
少女の名前はアンジェリーク。このアルカディアで唯一、タナトスを完全に浄化できる少女。
彼女は長い髪を風に揺らしてきょろきょろと周囲を見て、何かに呼びかけている。
――どうやら彼女の猫を探しているようだ。
その様子が何とも愛らしく、眩しい。
どの位の時間が経ったのだろう、彼女はやがて諦めたのか館の中に入ってくるようだ。
気がつくとニクスの持つカップに注がれた紅茶も、すっかり冷めてしまっていた。
(……急ぎの用もないですし、お茶を淹れ直すとしますか)
ティーポットとカップを持って部屋を出たニクスは、そのままキッチンへと向かう。
キッチンに近づくにつれ、甘く美味しそうな香りが漂ってくる。
(……?この香りは、チョコレートでしょうか)
誰が作っているのかと覗いてみると、純白のエプロンを身に着けたアンジェリークが、しそうにボウルを手に動き回っていた。
ニクスの視線に気付いたのか、アンジェリークが振り向く。
そのエメラルドグリーンの瞳でこちらを見つめ、笑顔で声をかけてきた。
「ニクスさん!」
可愛らしい、鈴の鳴るような声で嬉しそうに名前を呼ばれ、心がざわめく。
それを表に出す事無く、ニクスは人当たりの良い笑顔で声をかける。
「美味しそうな香りがしますが、お菓子作りですか?」
「はい!ガトーショコラを作ってみようと思って」
アンジェリークはそう言ってにっこりと笑う。
その笑顔に、愛らしい声に、どれ程ニクスの心が落ち着かなくなっているかも知らずに。
「ニクスさん、前に二つのお店でガトーショコラを食べ比べたっておっしゃってましたよね?………出来上がったら味見をお願いしてもいいですか?」
「勿論喜んで。貴女が心を込めて作ったお菓子ならきっと、あの二つの店よりは美味しいでしょう」
ニクスの言葉に、アンジェリークは頬を染めて「からかわないで下さい」と視線を逸らす。
「からかってなどいませんよ。私は本当に、そう思っているのですから」
心外だとばかりに両手を上げて言うと彼女は慌てふためく。
「え、えっと……」
その様子が本当に可愛らしくて、くす…と笑うとアンジェリークは頬を膨らませた。
(ああ……本当に貴女は表情豊かですね。チョコレートの甘い香りと相まって、食べてしまいたくなりますよ?)
「ニクスさん、ひょっとしてお茶を淹れにいらしたんじゃないですか?」
「ええ。気がつくと紅茶がすっかり冷めてしまっていたので」
アンジェリークは少し俯いた後、顔を上げて言った。
「それじゃあ、私が後からお茶と一緒に、ケーキを持っていってもいいですか?丁度ニクスさんとお話がしたいと思ってましたから」
大切な少女からの、嬉しい申し出を断る理由は無い。
快く了承するとアンジェリークにキッチンから追い出されてしまった。
「しばらくかかりますから、お部屋に戻っていてくださいね」
仕方が無いのでニクスは残った書類に目を通す事にして、部屋に戻った。
自室に戻り、扉を閉めるとふいに胸が苦しくなった。
――いつもの発作だ。その激痛にニクスの端整な顔が苦痛に歪む。
「……ぐっ」
(そろそろ私一人で抑えるのも、限界……という訳ですか。しかし、まだ――!!)
高価な素材を使用した服に皺がつく程に強く、胸の辺りを握り締め、歯を食いしばる。
この忌まわしい体になってからというもの、しばしば襲ってくるこの痛みには慣れた。
しかし、もし今まで一人で抑えてきたものが出てきてしまったら………
彼女を傷つけてしまったら――
ニクスは暗闇の中で一条の光を求めるように、たった一人の最愛の少女を想う。
しばらくすると、いつものように痛みが治まった。
大きく深呼吸をして、息を整える。
(まだ、屈するわけにはいかない。今の彼女ではまだ、私の中の『存在』に勝てない……)
「アンジェリーク……」
その名前を呟き、彼女の姿を思い描くだけで、救われるような気がする。
「私が屈してしまった時は、どうか私を―――…」
続きは口に出さないまま、ニクスは椅子に深く腰掛けて瞳を閉じる。
アンジェリークが部屋に来るまで、まだ時間はある。
ニクスは瞳を閉じたままアンジェリークを想う。
アンジェリーク……初めて会ったときには、これ程貴女がかけがえのない存在になるとは、想像もしていませんでした。
いえ、ある意味ではかけがえのない存在と言えるのかもしれませんね。
でも今は、それ以上に貴女という存在は私を……………
この身に宿る災厄が抑えきれなくなった時は、どうか私を殺してください。
――こんな事、貴女といる時は一時的にでも忘れていられたのですが。
私がこんな体にならなければ、貴女に出会う事は無かったというのにね。
出会ってから行動を共にしていくにつれ、私は強く、貴女に惹かれていきました。
だからこそ、忘れたい。この身に宿すものを。
先の事は誰にも分からない以上せめて、今貴女とひとときの安らぎを……
その切実な想いは声にならないまま、時は流れていく……………
-Fin-
ネオアンジェリークのニクス×アンジェです。やはり書きなれないので練習あるのみですね(^^;)
設定的に恐ろしくツボでした、ニクスさん。EDもあんなんだし(爆)
何というか、アンジェちゃんの事をそれこそ『焦がれるほど愛してる』って感じだと思います。
本当の意味でアンジェちゃんに救われた事で色々吹っ切ったのか、EDとかスペシャルでは(以下略)
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