―居心地の良さに慣れ過ぎて―

人々から『天使の庭』と称される、美しい自然に囲まれた小さな町リースの郊外にある邸。
その敷地内には、頻繁に手入れをしにやってくる庭師の思い入れもあるのだろう、あまり人工的になり過ぎない程度に整えられた庭園が広がっている。
訪れる人々の心を癒し、和ませる豊かな緑に守られるようにして建つ邸の屋根は緑色。
いつ頃建てられたのか、歴史を感じさせる石造りの建物は周囲の風景と見事に調和している。
長き歳月を生きる事に疲れていた彼が、そんな癒しの空間に辿り着いたのは偶然か、必然か――いずれにせよ『陽だまり邸』と呼ばれるその場所は、故郷を離れて久しい彼にとって、長い人生の旅の末に辿り着いたもう一つの故郷と呼べるものになっていた。
それは彼と共に戦う仲間たちの存在も手伝っているだろう。
そして何よりも、彼らに出会えるきっかけとなった大切な少女の存在によって……

いつしか、離れがたくなってしまったその空間。
自らの生に終止符を打つために探し続けた存在が、皮肉にも生きる気力を与えるとは、出会った当初は想像もしていなかった。
しかし、そんな日々にもやがて終わりが訪れる。
それは自身が望んだ事ではあったが、その日を思うと身を裂かれるように胸が痛む。
気の遠くなる歳月で味わった孤独を癒す、居心地の良さに慣れすぎてしまったために……


その日は依頼も無く、アンジェリークを始め陽だまり邸に住む者たちは思い思いに過ごしていた。
アンジェリークも部屋の掃除や洗濯を終えて部屋で勉強していたのだが、一息ついてお茶でも飲もうと思って手を休めたところへ夕食の当番だったレインがやってきた。
今日の夕食のメニューについて、ニクスの要望を訊いてきて欲しいらしい。

「珍しいわね。レインがニクスさんの食べたい物を作るなんて……」

思わず口に出して言ってしまったアンジェリークは慌てて口を押さえたが、レインも自分で珍しい事をしている自覚があるのか、苦笑いをして答える。

「まあな。最近のあいつ、何だか元気が無さそうだから気になってんだよ。俺がまともに訊いてもかわされるだろ?だからお前に頼もうと思ってな……。具合が悪いなら、消化のいい物にした方がいいだろう?」

いつもニクスにからかわれて面白く無さそうなレインがここまで心配する程に、最近の彼はどこか様子がおかしかった。
話しかけてもどこか上の空で、どこか浮かない表情なのだ。
そう、心配しているのはレインだけではない。
一緒に暮らしているジェイドやヒュウガ、それにアンジェリーク自身もずっと気にかけていた。
だから最近の食事はなるべく、ニクスの好みに合ったもので消化の良い物ばかりが並んでいる。
皆口には出さずとも、彼を気遣っているのだ。
唯一アンジェリークの飼い猫であるエルヴィンだけは、我関せずといった様子で気ままに暮らしていたが。

「レイン……わかったわ。ニクスさんとお話してみるわね」
アンジェリークはレインの頼みに快く微笑んで了承すると、すぐにニクスの部屋に向かった。
(ニクスさん…まさか、病気が重くなってるんじゃ……………?)
彼の部屋に続く廊下が心なしかいつもより暗く、長く感じた。


「ああ…アンジェリーク。待っていましたよ」

彼女が部屋を訪れると、ニクスは椅子から立ち上がって嬉しそうに出迎えた。
その様子を見る限りでは、具合は良さそうだ。
彼はアンジェリークにソファを勧めると、彼女をもてなすべく紅茶と菓子の用意を始める。
そんなニクスの姿をじっと見つめながら、アンジェリークは切り出した。

「あの……ニクスさん。今日の夕食で何か食べたい物はありますか?」
「食べたいもの、ですか……?今日の夕食はレイン君が当番のはずでは?」

首を傾げるニクスにアンジェリークは、正直に「レインに訊いてきてくれって頼まれたんです」と答える。
別に隠すような事でもない。それに勘の良いニクスなら既に気付いているだろう。
最近の食事のメニューが全て彼に合わせて作られている事に。

案の定ニクスは「ああ…」と頷き、言った。
「そういえば最近の食事はやたらと私好みの料理が並んでいましたね。どうやらあなた方には随分と、ご心配をおかけしているようです。体調が悪い訳ではありませんから、レイン君の好きな物を作って下さいとお伝え頂けますか?」

アンジェリークに淹れたての紅茶を差し出しながら、ニクスは微笑む。
その笑顔は、彼がやんわりと他人と距離を置こうとする時によくする表情だ。

「ニクスさん…どこにも、行かないで下さいね………」

アンジェリークはニクスの瞳をじっと見つめ、前に悪夢に魘された時にも告げた言葉を口にした。
彼に拒まれた事に心が痛まなかった訳ではないが、無理に問い詰める様な事はしない。
ただ、彼がこのまま消えてしまうのではないか――そんな不安にかられた。
前に夢で見た事が、現実になってしまうのではないか……と。
俯くアンジェリークの耳に、くす…と小さく笑うニクスの声が聞こえた。

「……………大丈夫ですよ。あの時にも言いましたが、私は欲の深い男です。貴女とこうして過ごしていられる時間を、そう簡単に手放しはしませんから」

その言葉に彼女が顔を上げると、ニクスは苦笑いを浮かべている。
アンジェリークはそれを、自分の発言がどこかずれているからだと思った。

「さあ、すっかりお茶が冷めてしまいましたね。同じ場所でも変わり映えしませんから、サルーンに移動しましょうか」
そう言ってニクスはトレイにポットとカップ、それに紅茶の葉が入った綺麗な缶を載せてアンジェリークを促す。


サルーンに着くや否や、「あっ!」とアンジェリークが思い出したように声をあげた。
時計を見たところ、もうそろそろ夕食の準備に取り掛からねばいけない時間だった。
今頃レインが痺れを切らして待っている事だろう。
「いけない!私レインにニクスさんの要望を伝えてきますから、ちょっと待ってて下さいね」
「ええ、お任せします」
パタパタと駆けていくアンジェリークの後姿を見送ると、他に誰もいないサルーンでニクスは一人呟いた。
「貴女と出会う前なら……いえ、貴女を愛する前なら、ここから離れる事に、これ程心が痛む事は無かったでしょうね………」
彼の視線の先には、サルーンから二階へと繋がる階段の上に飾られた、アルカディアの女王の絵。
そこにアンジェリークの未来の姿を重ね、ニクスは眩しそうに目を細める。
「愛しています、アンジェリーク……この命が終わるその時まで、私は貴女を……………」


この時、ニクスは気付かなかった。彼しか居ないサルーンを、二階から見下ろす存在に。
その存在が、彼の切なる想いに耳を傾けていた事に。
そして、後にアンジェリークが女王となる事を選んだ際、ニクスの想いを知る『彼』が、新たな道を照らす事に―――


-Fin-

頭がネオアンになかなか戻らないのでリハビリ用に書いてみました〜(^^;)おかしい所も多々あると思います(泣)
エルヴィンはニクスさんがエレボスの核になっている事に気付いていたから逃げてたんでしょうけども、ニクスルートではアンジェが魘されてた時にニクスさんを呼んでくれたんですよね〜♪(『約束を胸に』で)
何だかんだで陽だまり邸のメンバーは仲が良いと嬉しいです。エルヴィン込みで。
ニクスさんとアンジェに、エルヴィンともども心からの祝福を贈ります(^-^)

ここまで読んで下さってありがとうございます

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