―君に幸あれと願う心―

「これはこれは、随分とまあ………」

苦笑を零しながら眺めているのはニクス。
隣に立つアンジェリークも、信じられないような目で見ている。

「すごい数ですね、本当に……」

二人の目の前、見渡す限りの花・花・花。
それらは全て可憐な鈴を連ねたような形の白い花―鈴蘭―だ。
ひょっとしたら、アルカディア中から贈られてきたのではないかと思える程に、尋常でない数だった。
綺麗にラッピングされた小さな植木鉢が大半だったが、よく見てみると中には花束などに仕立てられたものもある。
教団から二人の身の回りの世話をする為に派遣されてきたメイド達は、慌ただしくその整理に追われている。

ちなみに教団本部に連絡してみると、まだ大聖堂を埋め尽くす程の鈴蘭が届くらしい。
「このままだと聖都は女王陛下の都ではなく、鈴蘭の都と改名する事になりますよ」
贈り物の整理と危険なものが混じっていないかの確認作業を教団長直々に任された銀樹騎士団長のディオンは、ややげっそりした表情で言った。
「しかしこれだけ人々から慕われるというのは、やはり喜ばしいことだ」
そう言ったのは、寡黙に鈴蘭の鉢植えを箱詰めしていたヒュウガだ。
教団長はというと、大事な仕事があるからと言い置いて何処かに消えたらしい。
その『何処か』というのは、アンジェリークとニクスが居る、この聖地だったりするのだが………

それはさておき、何故このような事態に陥ったのかというと。
アルカディアには遙かな昔から、花をこよなく愛する風習がある。
その中に、いつの時代に生まれたのか定かではないが、 『5月1日に鈴蘭を贈ると、贈られた相手に幸せが訪れる』 という言い伝えもあった。
それが今日。アルカディアに女王が誕生して以来、初めての「スズランの日」だ。
多くの人々に幸せであるよう望まれている人ほど贈られる鈴蘭の数は多いという事になるが、通常は恋人や家族、友人など、普段お世話になっている人たちに贈るものである。
伝承だけの存在だった女王が、ようやく現実の存在となったのだ。
実体を持ちアルカディアを慈しむアンジェリークを、人々が慕うのも無理は無い。
改めて人々がどれ程女王の誕生を待ち望んでいたのかを知り、アンジェリークは身が引き締まる思いがした。


「さぞ花屋は儲かったことでしょうね」

ニクスが苦笑いをしながら側でエルヴィンと戯れるルネに声をかけると、 「そうでもないみたいですよ?農家の生産が注文に追いつかなくて大変だそうですから……それに毎年こんなだったら、場所も大変でしょう?」 と返される。

確かに。こんな事が毎年続けば如何に聖地が広くとも、数年で鈴蘭に埋め尽くされてしまいそうだ。

「今度からはお気持ちだけ受け取るという事で、贈り物は控えて頂いた方がいいかもしれませんね。女王陛下?」
「ええ。皆さんのお気持ちだけでも、私は十分嬉しいです。さしあたっての問題は、目の前の花をどうするかですよ……」

うーん…と小さく唸って難しい顔をするアンジェリークに椅子を勧め、ニクスはルネと自分を合わせて三人分の紅茶とエルヴィンの為のミルクを用意する。
エルヴィンを離して椅子に座ったルネは、ニクスが淹れたお茶の香りを楽しみながら彼に少年らしい悪戯っぽい笑みを向ける。

「ああ。そうそう、あなたへの贈り物も結構ありましたよ。元篤志家で今は女王陛下の補佐官殿?僕の記憶が確かなら、あそこに並んでるおよそ三分の一はあなた宛ですから」
「………あなたがおっしゃるなら、そうなのでしょうね」
「美味しいお茶、ご馳走さまでした。僕はそろそろ戻りますよ。その前に仲間を代表してお二人に、僕らからのプレゼントを置いていきますね」
「「?」」

ルネの言葉に疑問符を浮かべる二人の姿に、ルネは思わず笑ってしまう。

「皆で話し合って決めたんで、喜んでくれると嬉しいけどね」
そう言って一旦席を立ったルネが戻ってきて二人に渡したのは、一枚の大きな絵だった。
鈴蘭の花が咲き誇る草原の中、陽だまり邸で共に暮らした仲間たちとルネ、ベルナールも加えた七人とエルヴィンが、楽しげにピクニックをしているという構図だ。

「ルネさん……これは?」

アンジェリークが聞くと、神妙な顔つきでルネは二人に言った。
いつの間にやら口調がくだけたものに変わっていたが、誰も咎めない。
今は仲間として、話しているのだから。

「本当は写真にしようかと思ったんだけど、それだと二人とも一緒に入れないからさ。僕たちがこの世界から居なくなった後も、二人が時々楽しく思い出してくれるといいなって思ったんだ」

その内二人が紡ぐ時が、かつての仲間たちと大きく違えてしまうから。
共に暮らした頃の記憶が皆の中で鮮明な内に、残しておきたかった。
そんな祈りにも似た想いを感じ取り、二人はただただ沈黙する。

「そんなに暗くならないでよ。少なくとも、ヨボヨボの爺さん姿で描かれるのはゴメンだと思ったわけだしね」
「ふふっ…ルネさんたら相変わらずね」
「ありがとう。大切にしますよ……」


そうしてルネが教団本部に戻った後、大切な絵を早速アンジェリークの部屋に飾る事にした。
人々からの沢山の鉢植えは明日にでも庭師と協力して、専用の花壇を作って植え替えるか……花壇どころか花畑ができそうな数ではあるが――などとニクスは考えながらも、アンジェリークだけでなく自分の幸せをも望んでくれている人々が居る事を、今なら嬉しいと思える。
以前なら、人々に好意的に見られるような人間では無いからと、やんわり拒絶していただろうから。

(あなたが、私を変えてくれたのですよ…アンジェリーク)

日頃の感謝を込めて彼女に鈴蘭の鉢植えを贈ろうかと思っていたけれど、おそらく多くの人が贈るだろうと予想はしていた。
これほどまでに尋常でない数だったのは予想外だが。

「…アンジェリーク」
「はい?」

二人で飾った仲間たちの絵を見上げていたアンジェリークは、名前を呼ばれてニクスに目を向ける。

「私からもあなたに、贈り物があるのですよ。さあ、瞳を閉じてマドモアゼル………」

素直に目を瞑ったアンジェリークの手に、手のひらに収まる小さな箱を握らせる。

「もう目を開けていいですよ」
「…この箱、開けてみてもいいですか?」
「ええ、どうぞ」

箱の中に入っていたのは、鈴蘭を模した一対の可憐な耳飾りだった。

「なんて可愛い……素敵なプレゼントをありがとうございますニクスさん!」

イヤリングをつけて、はにかんだ笑みを向けるアンジェリーク。
ニクスは最愛の女性に、この上なく優しいキスを贈る。

幸せそうな彼女の笑顔をこれからもずっと、守り続けたい――それが今の私の、最大にして最高の願い……………


-Fin-

〜後書きと言う名の言い訳〜
アンジェもニクスさんもアルカディアの人々から愛されてると思います。
ちなみにニクスED2が前提になっていて、レインは出てないですけど新財団理事として多忙な日々です。
ジェイドは多分コズに戻ったり、あちこち旅して色んなとこで見聞きした事を仲間たちに伝えたり。
2007年5月1日の「スズランの日」用に書いたブログ小話の再録です。

ここまで読んで下さってありがとうございます

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