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王立研究院に飾られている肖像画でそのお姿だけは知っていたけれど、雲の上の存在だとばかり思っていたお方。
人々に知恵をもたらす『地の守護聖』であるその方は、肖像画の通りにブルーグリーンの短髪に白い布―民族学専攻の友人によると『ターバン』というものらしい―を巻いていて、深緑色の長衣を着ていた。
聖地勤務でもない自分がまさか出会えるとは思ってもみなかったが――そんな事を考えながら、彼が勤める研究院で連日問題の病気への対処に追われる地の守護聖を横目で見る。
本来なら外界から隔絶された聖地に女王や他の八人の守護聖達と住んでいるはずの地の守護聖・ルヴァが、主星にあるこの王立研究院にやってきてから早一月が経つ。
主星の秋もそろそろ終わりに近づき、落ち葉が目立ち始めていた。
全ての始まりは、宇宙規模で流行り始めていた、原因不明の難病にあった。
その難病に最初に気付いたのは、主星の王立研究院勤務の、ある研究員だった。
公衆衛生学を専攻していたその研究員は、王立研究院に入ってからは疫病の蔓延をいち早く察知し、予防する業務に就いていた。
ある日、既存の病気からは考えにくい症例で亡くなった患者を調べていた彼は、これが新種の病気だと気付き、すぐさま聖地に報告した。
そして同じような症例の患者が居ないか、各地の王立研究院を通じて医療機関に問い合わせてみると、次から次へと該当する者が現れた為、後の対処に備えてリストを作っておいたのも彼だった。
――まさか感染者の中に、つい数ヶ月前に聖地で女王試験が終了したばかりの、新宇宙の元女王候補が居るとは思いもしなかったが。
その事実も合わせて、聖地に報告しておいた。
それから数日後。
机の上のモニターに向かって今回発生した新たな病気の原因を特定しようとしていた彼の前に、地の守護聖その人が現れた。
肖像画と同じ穏やかな微笑みを湛えて「はじめまして」と声をかけられた。
驚きのあまり目を見開いたまま固まってしまった彼に、にっこりと微笑ってその人は話を続ける。
「貴方が迅速に対処してくれたそうですねー。ええと…」
「あ…私は、スノーと申します……ルヴァ様」
「スノー、ですね。ありがとうございます。貴方の素早い対応のおかげで、感染源の特定も早くできそうですよー」
「……………いえ。女王候補が感染者の中に居なければ、ここまで速く絞り込めなかったでしょう」
これは事実。
元女王候補のアンジェリーク=コレットという少女が、女王試験の為に聖地に足を踏み入れる前に、かなり精密な検査が行われたおかげである。
聖地に病気は存在しない為、試験前の検査結果と照らし合わせてみれば、女王試験を終えてから感染したとしか考えられなかったのだから。
その事を、地の守護聖である彼も理解しているはずだ。
しかしルヴァは、首を横に振って再度礼を言ったのだ。
「それは確かにそうですけどね、スノー。やはり私は、一人の人間として、貴方に感謝しているんですよー。おかげで、後悔せずに済みましたから………」
「後悔、ですか?地の守護聖様が、一人の人間として……?」
頭の上に疑問符を浮かべる彼の言葉に、ルヴァは小さく苦笑した。
その時のやりとりが、妙に印象に残ってしまっていたのだが―――…
スノーは思い切って、ルヴァに尋ねてみる事にした。
前から抱いていた素朴な疑問にも、答えて貰いたかったのもあった。
彼はルヴァが休憩している時を見計らって、話しかけた。
「ルヴァ様、お休みのところ失礼します。少々お尋ねしたい事がありまして……」
「ええ、構いませんよー。私に答えられる事であればね」
湯のみで緑茶を飲んでいた彼は、嫌な顔一つせずに笑顔で応じてくれた。
それどころか、スノーの分まで湯飲みを用意して、お茶を淹れてくれたのだ。
スノーはそのお茶を一口飲み込み、まずは無難な質問から口にした。
「あの…この質問には、地の守護聖様としてお答え下さい。ルヴァ様は『知識』と『知恵』について、どのようにお考えですか?」
もしも、地の守護聖様にお会いする事ができたら、是非とも聞いてみたかった事だ。
ルヴァは持っていた湯飲みを置くと、真摯な眼差しで答えた。
穏やかなグレーの瞳に、測り知れない知性の光が、確かに宿っているようにスノーには思えた。
「そうですねー。私が地の守護聖として自分なりに考えて出した答なので、全ての人にとって正しい答とは限らないでしょうけど……」
一息置いて、彼なりに考えた回答を言葉にする。
「『知恵』というのは、この世界…この宇宙に留まらず全ての宇宙をも含めた大きな広がりとしての世界に存在している、あらゆるものを結ぶ見えない繋がりを読み解くもの……そう解釈していますよ。そして『知識』というのは、『知恵』の働きによって読み解かれた世界の真理を、自分のものとして吸収できたものを指すのではないかと、そう思っています」
「世界を…読み解くもの……ですか?」
謎解きのように思えてその意味を探ろうと眉間に皺を寄せて考え込むスノーに、ルヴァは楽しげに笑う。
「ふふ。そんなに思いつめた顔をしなくても、実は難しい事ではないんですよー」
部屋の窓から晩秋の青空を見遣り、彼はどこか寂しげな顔で呟いた。
「私にも、この世界の見えない繋がり全てを読み解く事はできません。ですが……………もっとも大切なのは、今を大切に生きることです。その事に気付かせてくれたのは、ある少女でした」
ルヴァの横顔がとても寂しそうで、苦しそうで、声をかけることができなかった。
それでもその表情と先程の発言で、もう一つの疑問に対する答が分かった気がした。
現在近くの王立病院で他の患者らと共に深い眠りに就いている元新宇宙の女王候補の少女のもとへ、毎日彼が足を運んでいる事を、他の研究員らから聞いていたせいかもしれない。
スノーがしばらく無言で見守っていると、ルヴァはにっこりと微笑って次の質問を促す。
「まだ他に、聞きたい事があるんじゃありませんかー?」
「えっ?…ああ。私がルヴァ様と初めてお話した時におっしゃっていた、一人の人間としてのルヴァ様の感謝と…せずに済んだ後悔というのが、どうにも気になっていたのですが………それについての答は私の中で出ましたから、もういいです」
にっこりと微笑み返す若き研究員に困ったように笑うルヴァの頬は、少女に抱く自分の想いを人に悟られた照れくささからか、ほんのりと赤くなっていた。
その笑顔を見て、スノーは思う。
(早く眠り姫を起こせるといいですね、ルヴァ様……)
それまで研究一筋だった自分がそんな風に人の幸せを願うとは、あの方に出会うまで思ってもみなかった――
後に『宇宙疫学の父』と称される彼は、自らの日記にそう書き記していたそうだ……
-Fin-
〜後書きという名の言い訳〜
やはりブログよりの再録です。修正版の『陽だまりをつれて』でなお書きそびれていたエピソードが三つほどありまして、その内の一つを書かせて頂きました。
あとの内一つはキーワード1『春』で書いた後日談、残りは某さんの素敵ルヴァ様絵と交換させて頂いたコレちゃん入院中の小話です。
どの辺にキーワードの『昇華』があるのかと言いますと、某主任に負けず劣らず研究一筋だった無名の研究員が、ルヴァ様と接してる内により広い視野で世界を見つめられるようになったってあたりでしょうか(^^;)
分かりにくくてすいませんですm(_ _)m
それでもまあ、流石は人々に知恵を与える守護聖様ですねv
二人を取り巻く、アンジェ世界の色んな人たちが居るわけで。
その中の一研究員に焦点をあててみました。
今だから言えますが、『陽だまり〜』内での眠り姫に関する設定が本来と違ってます(^^;)
本来は”お姫様はお城の人々全員と眠りに就いている”のだそうで………どこで勘違いしたのだろう(汗)
ともかく、どちらも楽しんで頂ければ幸いですm(_ _)m
2007.7.29 UP
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