―尊重と愛情―
| 土の曜日は午前中に守護聖達や聖天使、王立研究院などからの報告を受けた後は基本的に休みである。 各方面から宇宙が順調に発展を続けていると知らされ、特別気にかかる案件も無い。 その為、聖獣の女王アンジェリークとその補佐官レイチェルは久しぶりにのんびりとした午後を過ごしていた。 緑を保つ為に雨を降らせておく事もあるが、大抵聖地は過ごしやすい晴れの天気なので、外出するにはもってこいの日和である。 そういう訳でデートの約束をしていたアンジェリーク達はそれぞれの恋人が迎えに来るまでの間、女王の私室でとりとめも無い話をしている。 「それでねー、アイツったら……」 「まあっ…ふふ、彼らしいわね」 いつの間にかレイチェルが先日恋人と喧嘩をした時の話になっていた。 「………そういえば、アンジェがルヴァ様と喧嘩したって聞いた事無いけど、どうなの?」 「言われてみれば、今まで一度も喧嘩した事ないかも…?時々しか逢えないからって言うのもあるけど」 予想通りのアンジェリークの答にレイチェルは腕を組んで頷いている。 親友である彼女にしてもその恋人にしても、穏やかで少しずれた所があり、それがまたいい味を出して好ましいのだが、喧嘩というイメージからはいずれも縁が無さそうに思える性格をしていた。 「まぁ、あの穏やかな方だったらその前に話し合うとかしそうだしね」 「うん…でも私、レイチェル達が時々羨ましくなるの………仲がいい程喧嘩するって言うし、私とルヴァ様年が離れてるから、手加減されてるのかしらと思うこともあるわ」 アンジェリークは少し寂しそうな表情で持っていたお茶のカップをゆっくりと降ろす。 手加減、という言葉にレイチェルは親友とその恋人が二人で居る時の様子を思い浮かべたが、端から見ていても二人がお互いを大切に想い合っているのは明白で、確かにルヴァが年若い恋人に合わせている面も多少はあるのだろうが、より当てはまる言葉があるように思えてならなかった。 「気になるなら直接ルヴァ様に訊いてみたら?もう少ししたら迎えに来られるんでしょ?」 「そうだけど………気まずくなったりしないかしら」 「一人で不安を抱えたままでいるより、思い切って相談してくれた方があの方は嬉しいかもよ?」 「ネ?」とウインクをして励ましてくれる親友に、アンジェリークは柔らかい微笑みを浮かべる。 待ち人が現れるのは、それからすぐの事―――… 親友であり聖獣の補佐官でもあるレイチェルから聖地の外へ出る許可を貰い、アンジェリークは迎えに来たルヴァと共にアルカディアへ足を運んだ。 彼が言うには日の曜日の朝からセレスティアの自然の園でイベントがあるらしく、どうしてもそれに二人で行きたかったのだそうで。 先週末私室に二人きりで話している時に、朝が早いので前日からセレスティアの宿に泊まって行くと告げられたアンジェリークは、緊張で自分の体が強張るのを感じた。 その様子を見たルヴァは、申し訳無さそうな顔で謝る。 「あー…その、急に泊りがけだなんて言われても困りますよねー。もし泊まるのが嫌でしたら、早朝迎えに来ますよ。ただ少し体力を使うので、セレスティアに泊まった方が翌日支障が出ずに済むと思っただけですからねー」 アンジェリークが緊張した理由はセレスティアでの宿泊そのものではなく、別の事によるものだったが、口にするのも恥ずかしかったので慌てて誤魔化す。 「いえ、あの、嫌じゃなくて、ただちょっと驚いただけで………ルヴァ様さえ良かったら、ご一緒させて下さい」 「そうですか!ありがとうアンジェ。それで宿の事なんですけど、今からだと二部屋取るのは難しいらしいんですよ。同じ部屋でも構いませんか…?」 催しについての詳細は行けば分かるからと教えてくれなかったが、嫌とは言えず頷くと嬉しそうな笑みを向けられ、それ以上訊くのを躊躇ってしまった。 (『そういう事』をするのかどうかなんて、面と向かって訊けるわけないじゃない…!!) アンジェリークはその後恋人が神鳥の聖地に帰ってから、自分のベッドに耳まで真っ赤になって突っ伏した。 聖獣の宇宙を支える為に人前に出ず宮殿の奥でひたすら力を注ぎ続けていた彼女が、聖天使の働きによってようやく人前に出られるようになった日の事を思い出す。 逢えなかった間の想いが互いに募ってようやく逢えたその夜、月灯りが薄いカーテンを透して差し込むアンジェリークの寝室で、二人は生まれて初めて深く触れ合った。 それまで聴いた事も無い甘くて低い艶めいた声で囁かれ、自らもまた出した事の無かった声で何度も彼の名を呼んだ。 行為自体は後悔していないし、むしろ大好きな恋人と結ばれた事が嬉しかったのは本当の事だ。 しかしその後しばらくの間、彼とデートする度その時の行為を思い出して挙動不審になってしまって、最近ようやく普通に接する事ができるようになったばかりだった。 抱き寄せられる度、真っ赤になって全身を強張らせるアンジェに、ルヴァは嫌な顔もせず優しく労わる様に頭を撫でてくれた。 その優しさに安心する一方で、子供扱いされたように感じてモヤモヤした感情が生まれた自分が嫌な人間に思えて、恋人に申し訳なく思った事もある。 (やっぱりレイチェルの言うとおり、思い切ってルヴァ様に話してみようかな……) こんな気持ちを抱えたままデートしていても、かえって彼に気を遣わせてしまうだろう。 二人の年が離れている分、気を遣わせる事で彼がどんどん遠くなってしまう気がしていた。 セレスティアのすぐ近くにある活気溢れる新市街の中、周辺地区の治安も交通の便も良い場所に、今夜の宿はあった。 特別大きい訳でも高級感溢れる訳でも無い、温かみのある雰囲気でホテルの従業員たちの笑顔に好感が持てた。 チェックインを済ませて部屋に行くと、控えめだが質の良い調度品が使いやすく配置されており、ツインのベッドも清潔な印象を受ける。 既に日が暮れていたので荷物を置いてホテル内のレストランに行けば、アルカディアの郷土料理を中心とした料理も濃すぎない上品な味付けがされており、おそらくこの地域では穴場の宿なのだろう。年若い女性も多く見られた。 アンジェリークはホテルのサービスの良さに、一時悩みを忘れることができた。 自然と笑みが零れ、それを眩しそうにルヴァは見つめる。 「ルヴァ様、どうかされました?」 「いいえ、ここはお料理が美味しいらしいと聞きましたからねー。貴女と来られて良かったと思いますよ」 「え、誰から聞いたんですか?」 「オリヴィエですよ。穴場を探す為によくセレスティアに来ているそうで、私にも見つけた所を教えてくれたりするんです」 にっこりと笑って質問に答えるルヴァの様子は誤魔化してるようには見えない。 事実神鳥の夢の守護聖であるオリヴィエはルヴァと親しく、また、穴場を探すのにも熱心だ。 時々用事で聖獣の聖地にやって来た時など、オススメスポットをアンジェリーク達にも教えてくれたりする。 流石に女王の立場で気軽に聖地を離れる訳にはいかないが、恋人といつか行きたい場所が増える楽しみがあった。 ルヴァも同じように思ってくれているのかと思うと、胸の奥が温かくなる。 「私やレイチェルにも時々教えて下さるんですよ。おかげ様で、ルヴァ様といつか一緒に行きたい所が増えました」 アンジェリークがはにかんだ微笑みで素直な気持ちを伝えると、彼は一瞬惚けたように固まってから照れくさそうに笑う。 「それじゃあ、また外出許可が出たら一緒に行きましょうね。貴女の行きたい所、私も知りたいですから」 「はい!」 夕食を終えて部屋に戻った二人は明日に備えて早めに休むべく、順番に入浴を済ませた。 お気に入りの白いレースのネグリジェを着て自分の髪を丁寧に乾かし終えたアンジェリークは、後から風呂に入ったルヴァのターバンを外した髪が濡れたままなのに気付く。 彼は明日のイベントの予定を確認しているらしく、熱心に手帳を見ていた。 「ルヴァ様、髪が濡れたままですよ。風邪をひくといけませんし、私が乾かしてあげますね」 「……え?ああ、ありがとうアンジェ。何だか照れますけど、お願いしますねー」 アンジェリークはベッドの縁に腰掛ける恋人の後ろに膝立ちの状態で、癖の無いブルーグリーンの髪を労わるように丁寧な仕草で乾かしながら彼に話しかける。 「イベントは自然の園でって聞きましたけど、どこであるんですか?」 「憩いの園に近い場所に果物畑が出来たそうで、そこのフルーツ採り放題で採ったフルーツは憩いの園に持ち込めば料理にして貰えるみたいです。明日行くのはそこですよー。丁度イチゴが旬ですからねー」 「持ち帰りも出来るんですか?」 「基本的には出来ますけど、聖地へは難しいでしょうねー。検疫とか厳しいので……アルカディアで調理済みのものなら大丈夫だと思いますよ」 時折ドライヤーの風や髪を梳く指の動きにくすぐったそうにしながら、ルヴァは丁寧に答を返してくれた。 アンジェリークも自分にだけ見ることを許された恋人の姿を幸せそうに見つめる。 丁寧に乾かしたおかげで、大好きなブルーグリーンの髪はサラサラと指の間を通っていく。 以前プレゼントしたパジャマを着て寛ぐ彼の背中に、愛しい想いが溢れてきて思わず後ろから抱きついた。 瞬間的にルヴァの体が強張る。どうやら驚かせてしまったらしい。 慌てて謝り離れようとすると、指輪をはめた左手をやんわりと掴まれた。 「……アンジェ」 「!」 久々に聞く恋人の、低く甘く囁く声音に、いつぞやの記憶と相まって体が甘く痺れたように動けなくなる。 優しい瞳にあの晩アンジェリークが初めて見た色が滲んでいく様から、目が逸らせない。 今自分がどんな顔をしているのかすら分からない。 ただ、愛しいグレーに、囚われる。 そのまま見つめ合っている内にルヴァの顔がゆっくりと近づいてきて、唇に柔らかい温もりを感じた。 目を閉じると、頭の後ろに手が回され、深い口付けに変わる。 「………んっ」 苦しくなって声が漏れたのを合図に、二人の唇が離れた。 アンジェリークは全身から力が抜けてベッドの上にぺたんと座り込む。 潤んだ目で見上げると、ルヴァはどこか苦しそうな表情でアンジェリークを抱き寄せ、安心させるように背中を撫でながら口を開いた。 「……すみません。ただ、あまり煽らないで下さいね。今夜はもう寝ましょうか。私が向こうのベッドを使うので、貴女はこちらで眠って下さい」 「…ルヴァ様……」 名残惜しげに離れていく温もりに、思わず彼の名を呼ぶ。 誤解された、そう感じた。 今言わなければ、そう思った。 目の前の恋人に、衝動的に強く彼の腕に抱きついていた。 「………」 「私、ルヴァ様に聞きたい事があるんです」 アンジェリークの言葉に、ルヴァは振り返って視線を彼女に向ける。 大きく深呼吸をして、彼女は年上の恋人に少しずつ整理しながら、自分の思いを零していった。 「………………ルヴァ様はいつも優しくて、あの日から私がルヴァ様と緊張してまともに話せなくなってもやっぱり優しくて、大切にされてるのが嬉しかったんです。でも、頭を撫でてくれるルヴァ様の手が優しくて、安心しながら別の意味で不安になったんです……ルヴァ様は私よりずっと年上だから、何ていうか、子供扱いされてるんじゃないかって」 「子ども扱いなんてしてたら私は貴女とああいった事はしませんよ。言ったでしょう?私がターバンを外したこの姿を見せられるのは、唯一人心に決めた相手だけだと」 「……はい。でも、私とルヴァ様、喧嘩した事今まで無かったですから………レイチェル達が少し羨ましかったんです」 ルヴァの優しく大きな手に髪をゆっくりと梳かれ、心地よさにアンジェリークは目を閉じる。 「まあ、恋愛は人それぞれ、十人十色ですからねー。あの二人にはそういうコミュニケーションが合ってるんでしょう。私達は比較的自由に行き来出来る様になった今でもあまり逢えませんし、喧嘩して気まずいままで居るよりは、やはりこうやって思っている事を話し合えたらと思いますよ」 「はい」 不安が解消されて微笑むアンジェリークに、ルヴァは咳払いを一つして今度は自分が問いかける。 「ところでアンジェ………私からも貴女に聞きたいんですけど、私とああいった事をしたこと、後悔はしていませんか?」 「いいえ!最初は怖かったし緊張しましたけど、嬉しかった。だって私、ルヴァ様の事大好きですもの…!」 「!!」 愛しい少女に甘く蕩けそうな笑顔で愛を告げられたルヴァは、顔を耳まで赤く染めてそのまま固まってしまった。 アンジェリークは恋人の様子に首を傾げる。 「〜〜〜っ!!………………アンジェ、その表情は反則ですから、間違っても私以外には見せないで下さいね」 「??……はい、分かりました」 よく分かっていない天使の姿にルヴァは小さく溜息を吐き、そのまま強く抱きしめた。 アンジェリークも、おずおずと恋人の背中に腕を回す。 「私も不安でしたよ………貴女があの事で後悔してるんじゃないかと」 「あれは……あの夜のルヴァ様の声とか表情とか、色々思い出してしまって………恥ずかしかっただけです」 最後は消え入るような声で俯く腕の中の少女に、そろそろ己の理性の限界を感じ始めた彼は、確かめるようにゆっくりと訊ねる。 「ではアンジェ。私が今、貴女が欲しいと言ったら……どうしますか?」 「………今は、駄目です。あと一週間は待って下さい。嫌なんじゃなくて、その……毎月の…」 「ああ、成る程。分かりました。今度のお休みの時にまたお誘いしますから、心の準備をしておいて下さいね?」 周期的な自然現象が訪れている事を言いよどむ恋人の態度に、彼女が言わんとする事を察してルヴァは優しく微笑む。 ゆっくりと頬を滑る大きな手にうっとりしながらも、アンジェリークは申し訳無さそうに彼を見上げる。 「その……ごめんなさい」 「いいんですよー。大事な事ですからね。まして、行為そのものは本来子供を作る為のものです。ちゃんと言ってくれた方が、貴女の負担にならずに安心出来ますし」 でも…と続いたルヴァの言葉に、アンジェリークは再び顔を赤く染める事になった。 「貴女が良ければ、いつか私の子供を生んで下さいねー」 「おっ……覚えておきます…」 二人は将来の約束を交わすように、アンジェリークの指輪を嵌めた左手とルヴァの左手をしっかりと繋ぎ合わせて眠った。 その晩二人が見た夢は、不思議な事に全く同じものだった。 目覚めてから人が少ない早めの時間に、収穫した瑞々しい旬のイチゴを憩いの園のカフェ・オランジュに持ち込んで作って貰った甘いイチゴタルトを味わいながら、恋人達は幸せな家庭を夢見て語り合う。 「いつか、あんな風に一緒に過ごせるようになるといいですねー」 「はい。ルヴァ様とずっと一緒に歩んでいけますように……」 夢の中で結婚していた二人は、新妻となった少し大人びたアンジェリークが作る家庭菜園のイチゴタルトで穏やかな午後のティータイムを過ごしていたのであった。 それが正夢となるのは、まだまだ先の事である……… -fin- タイトルはイチゴの花言葉の一つ、「尊重と愛情」から採りました。いつかイチゴの花言葉でルヴァコレ話を書いてみたかったので満足しておりますv イチゴの花言葉は他に「幸福な家庭・先見・無邪気・誘惑・甘い香り・あなたは私を喜ばせる」などがあるそうです。 裏のテーマは「初めて結ばれてから二回目までの葛藤」でしょうか。最初は多分勢いでいけたけど二回目は前回の記憶があるので、色々悩んだりするのではないかと思いまして。 あと、行為はやはり子供を作る為のものだと思ってますので、コトに及ぶなら相応の覚悟はして欲しいなと。 久々に書きましたが、やっぱりこの二人好きだと実感しました(*^-^*) |
ここまで読んで下さりありがとうございます
ブラウザバックでお戻り下さい