―世界でたった一つの星の花―

アルカディアに来てしばらく経ち、育成も順調で精神的にも少し余裕が出来たある日の昼。
アンジェリークは天使の広場を一人で散歩していた。
(いいお天気ね。こんなにのんびりできるのは久しぶりかも……)

真昼の眩しい日の光が、店を出す人々の笑顔が、広場を明るく賑わせていた。
この土地で獲れた果物や魚、或いは他の土地から船で運ばれてきた珍しい品々が並ぶ。
それらを見るだけでも十分に、アンジェリークの心が明るくなる。
その中で色彩豊かな一角が、視界に飛び込んできた。
近づいてみるとそこは花屋で、目に飛び込んできたのは、様々な色をした造花の様な花だった。

「うわあ…綺麗な花!これはアスターね」

そんな彼女に気付き、花屋の店員がにっこりと笑いかけて頷いた。

「ええ、そうですよ。ゆっくり見ていって下さいね」

綺麗なアスターの花を見ている内にその花言葉を思い出したアンジェリークは、午後に会う予定のルヴァへのお土産にする為、それを花束にして貰う事にした。

「えっと…青と白とピンクで、この大きさでお願いします」

花を指して店員に注文する。

「わかりました」

店員がアンジェリークの要望通りに花束にする為、花を抜いていく。
その様子を見ながら、アンジェリークはある事を思いついた。

「すみません!あと一本だけ、お願いします」

そう言って彼女は紫のアスターを一本、そっと抜くと、その花に小さな口づけを落とした。
――胸の内にある想いを、込めるように――
アンジェリークの一連の行動を見ていた女性店員は何かを察したらしく、『頑張って下さいね!』と声援を送って残りの花を受け取り、花束を綺麗に仕上げてくれた。


「こんにちは、ルヴァ様!」

青・白・ピンクの花が入り混じった花束を抱えたアンジェリークが笑顔で挨拶すると、ルヴァもにっこりと嬉しそうな笑顔で迎えてくれた。
「ようこそ、アンジェリーク。育成は大変でしょうが、落ち着いてよく考えれば、きっとうまくいきますよー」
アンジェリークは早速ルヴァに、持ってきた花束を差し出す。

「ルヴァ様、これ宜しければどうぞ!」

受け取りながらも首を傾げるルヴァに、アンジェリークは続ける。

「さっき天使の広場でお散歩してた時に、あんまり綺麗だったんで買ってきたんです」

それを聞いたルヴァは、なるほど…と思いながら受け取った花束をじっくりと見つめる。
(この花束は皆、アスターの花なんですねぇ。アスターの花言葉は確か………)

青のアスターの花言葉は『信頼・あなたを信じているけど心配』、白は『私を信じてください』、ピンクは『甘い夢』という意味。
そしてアスターが一般的に意味する花言葉は、『信じる心・同感・追想』――――

口には出さないが、彼女の気遣いを花言葉から感じ、自然とルヴァは笑顔になる。

(ふふ…私のことを心配してくれたんですねー。嬉しいですよ、アンジェリーク)

ふと気がつくと花束の中に、たった一本だけ、紫のものが混じっていた。
それは店員のミスではなく、アンジェリークがルヴァへの想いを込めた一本だったのだが――そんな事は知る由も無いルヴァは、紫のアスターの花言葉を思い出しながらも、自分の希望的観測に過ぎないと、自嘲的な笑みを零す。
花束のせいでアンジェリークには、そんなルヴァの表情を見ることができなかった。
ルヴァは立ったままの彼女にお礼を言うと、花瓶を出した。
『あ、私が生けますよ』と申し出るアンジェリークにソファを勧める。

「お客様なんですから、座っていて下さいねー。すぐお茶の用意もしますから」

にっこりと笑ってそう言われ、アンジェリークは素直に従う事にした。
何となく、有無を言わせぬ響きがあったような気がしたからだ。

「あー、綺麗な花ですねぇ……部屋に花を飾ると、気分も明るくなりますね」

生け終えて花瓶を窓際に置くと、花は窓から差し込む日光を浴びて、益々華やいで見えた。
贈り主の笑顔を連想させられ、思わず顔が綻ぶ。
手を洗って二人分のお茶と茶菓子を用意しながら、ルヴァはそう言った。

「ふふっ気に入って頂けました?」

彼の一連の動作を、嬉しそうに見つめていたアンジェリークが訊ねる。
その問いに、ルヴァは彼女の方を見て微笑み、頷いた。

「ええ、とっても。ありがとうございます、アンジェリーク」

二人分のお茶とお菓子をテーブルに載せたルヴァは、テーブルを挟んでアンジェリークと正面から向き合う様に、ソファに腰掛けた。
彼女にお茶とお菓子を勧めて、自らもお茶を飲んで一息つく。

「……それで、今日の御用は何ですか?」

先日ルヴァが資料で見た限りでは、現在の育成地の幸福度は目標よりも遥かに高い数値を示していたので、育成は順調に進んでいるようだった。

(貴女はここに来てから、随分頑張ってくれているようですが………)

ちゃんと休息は取っているのだろうか…とお茶を啜りながら考え込むルヴァに、「今日はルヴァ様とお話しに来ました」と、アンジェリークは花のような愛らしい笑顔を見せて答えた。
その顔を見る限りでは、疲れの色は見えない。少し、安心した。

「話をすればいいんですねー?では、何について話しましょうか」
微笑んでルヴァは彼女を促す。
「ルヴァ様のお好きな花があれば、教えて下さい」

綺麗だったのでつい、アスターの花束を買ってしまったが、好みに合うか不安だったから…と、アンジェリークはそう説明してからお茶で喉を潤した。
(ルヴァ様の事だから、花言葉をご存知でも、意識していらっしゃらないだろうけど……)
「好きな花…ですか?特別これが好きだと言える花はありませんけど、敢えて挙げるとすれば、ジャスミンでしょうかねぇ……。あの花の香りは噎せるほど強いので、苦手な人もいるようですが、私は好きなんですよー」

一旦お茶を飲んで一息ついてから、ルヴァは続ける。

「どんな花にも、その花にしかない良さがあります。同じ品種でもそれぞれが、世界に一つしかない花ですからねー。人にも同じ事が言えますね………あ、すみません。何だか説教ぽくなっちゃいましたね」

黙って自分の話に耳を傾けているアンジェリークに、慌ててルヴァは謝った。
彼女は嫌な顔をせず、いつも素直に話を聴いてくれるので、ついつい長くなってしまうのだ。
アンジェリークはルヴァに、にっこりと笑顔を向けて首を横に振った。

「ルヴァ様のお話を聴かせて頂くのが、大好きなんです。だから、謝らないで下さいね?」

(話してくださる時のルヴァ様の楽しそうな笑顔が、大好きだから………)

本当に嬉しそうに、アンジェリークはルヴァに笑いかける。
女王候補の頃から変わらない彼女の笑顔。ルヴァが最も、彼女を愛しいと感じる瞬間。

とくん…とくん…

ルヴァはアンジェリークの笑顔に、自分の胸が高鳴るのを感じながらも、それを悟らせまいと笑顔を返した。

「貴女にそう言って頂けると、嬉しいですねー」

そうして顔を合わせて、ふふ…と二人で笑いあう。
二人とも、彼女が受けていた女王試験の頃から、お互いと一緒にいる時間が好きだった。
相手の笑顔に安心する。言葉を交わさずとも、ただ側にいるだけで、幸せな気持ちになれた。
午後の温かい日の光が、執務室に差し込んでくる。
部屋全体が、ぽかぽかと暖かく感じるのは、陽射しだけのせいではないだろう。


その後とりとめもない話をしながら、二人は穏やかな午後を過ごした。
気が付いた時にはすっかり陽が沈んでいたので、一人では危ないから…と、ルヴァはアンジェリークを部屋まで送った。

「わざわざありがとうございます、ルヴァ様」

扉の前ではにかんだ笑みを浮かべて、アンジェリークはお礼を言う。
「いえいえ、貴女のおかげで楽しい時を過ごせましたから。それでは、ゆっくり休んでくださいねー」

にっこりと笑ってルヴァは地の館へと帰っていった。
去っていくルヴァの後姿を、部屋の扉の前で名残惜しそうに見送るアンジェリークは、他に誰もいない廊下でぽつりと呟いた。
「ルヴァ様…紫のアスターに気付いて下さったかしら………」

(ルヴァ様は誰にでもお優しいから、私が一方的に想っているだけだろうけど………)
そんな想いを、たった一本の紫の花に託した。
勿論他の色の花にも自分の気持ちを込めた。
それは『連日調査で走り回ってくれている貴方が心配です。私は貴方を信頼しています。だから、私のことも信じてください。どうか貴方が、良い夢を見ることができますように』という無難な意味を込めたもの。
恋心を込めたものは、紫のアスターただ一本だけ。

アンジェリークを部屋まで送り届け、地の館の私室に戻ったルヴァは、本棚の中からある一冊の本を取り出し、ページをめくった。

「貴女がくれた花束に紛れ込んでいた紫の花は、まるで私の心を表しているようですね……アンジェリーク?」

あるページを読んだルヴァは、先ほど別れた彼女の姿を思い浮かべ、独白する。
彼の読んだページには、アスターの花言葉について記されていた。

――紫のアスターの示す花言葉は、『私の愛は、あなたの愛よりも深い』――

ルヴァはパタンと本を閉じると、それを元の場所に戻し、窓際から夜空を眺めた。
(アスターの名前の由来は、星を意味する『aster』でしたねー。世界でたった一つの『星の花』、私にとって、貴女はまさにそんな存在ですよ。貴女を一人の女性として見ている自分に気付いた時から、ずっと―――――)

部屋の明かりを頼りに、紫の星の花を探し出す。
そして、その一本を花瓶からそっと引き抜いて、口付ける。


二人の心が通じ合うのは、もう少し先の話――――――


-Fin-



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