―悪戯も程ほどに―

秋も半ばを過ぎた頃。この時期人々は一年の収穫を喜び、来年の豊作を願って祭りを開く。
十月最後の十月三十一日に行われるという『ハロウィン』も、そんなお祭りの一つ。
収穫物を悪霊に食い荒らされないよう、あるいは魔除けの為に焚き火をし、やがて魔女や恐ろしい怪物の格好で練り歩くようになった習慣はいつの間にか、仮装した子供達が家々を回って「Trick or treat!(お菓子をくれないと悪戯するぞ!)」と言って悪戯をしない代わりにお菓子を貰う、子供たちの楽しみへと変わっていった。
ちなみにこのお祭りでは、かぼちゃをくり抜いて作ったジャック・オー・ランタンと呼ばれる
提灯を飾るらしい。
これも魔よけの焚き火に由来すると言われている。
そういったお祭りに詳しい元・大財閥の総帥である聖獣の炎の守護聖チャーリーからハロウィンの事を聞いた神鳥の女王は、もう一人の女王である聖獣の女王アンジェリーク=コレットと両宇宙の女王補佐官、それにまだ若い聖獣の宇宙の発展を助ける聖天使も巻き込んで、両聖地でささやかなお祭りを開く事にしたのだった。
どの辺が『ささやか』かというと、あくまで女性陣と一部の関係者達だけで行うあたりだろう。
計画はこっそりと、だが着実に進められていった――


そして十月三十一日当日、陽が沈んでまだ完全に暗くなる前の時間に、黒いローブにとんがり帽子という魔女の仮装をした聖獣の女王アンジェリークは、執務を終えてから他の女性陣と取り掛かったかぼちゃのパイが入った籠を携えて、恋人である神鳥の地の守護聖の私邸を訪れていた。
どんな悪戯なら彼が困らないかと悩んでいる彼女に親友は、秘策を伝授してくれた。

予め話を通しておいた邸の人たちは、温かく主の恋人を迎え入れ、ルヴァに何も告げないままでアンジェリークを彼の私室へと通した。
部屋をノックすると「どうぞー」という恋人の声がしたので、アンジェリークは気持ちを落ち着かせる為に一呼吸置いてからドアを開いた。

「こんばんはルヴァ様。こんな時間に来てごめんなさい」

彼は今日がハロウィンだと気付かないまま、徹夜で読書でもするつもりだったのだろう。
早めに夕食を終えていたルヴァは本を持ったまま、恋人の突然の訪れに驚いた。

「えっあの、どうしてこんな時間に……何か困った事でもありましたか?」

予想通りの反応に、アンジェリークは安心したように笑って今日が何の日なのか、何故こんな時間にやって来たのかを説明する。
ルヴァは立ち話も何だからとソファを勧め、自らは二人分のお茶の用意をしながら聞いた。
用意する途中、茶菓子を切らしているのに気付いた。

「おや、お菓子がありませんねー」
「あ。それならかぼちゃのパイを持ってきましたから、一緒に食べましょう」

籠から綺麗に箱詰めにされたかぼちゃパイを出し、自分もお茶の準備を手伝う。

「ああ、これは美味しそうですねー。貴女が作ったんですか?」
「はい。私だけじゃなくて、皆で作ったんですけどね」

用意を整えると、二人は並んでソファに座って話を続ける。

「それにしても興味深いお祭りですねー。また今度詳しく調べてみる事にします」
「ふふっルヴァ様ならきっと、そうおっしゃると思ってました」
「それで……とりっくおあとりーと…でしたか、お菓子を貰いにきたという訳ですね?」

にっこりと大好きな人に微笑まれ、アンジェリークは当初の予定を思い出す。
穏やかな時間に、目的を忘れそうになっていた。

「あっそうでした!『Trick or treat!』お菓子をくれなきゃ、悪戯するぞ…ですね」
「お菓子は貴女が持ってきて下さったもの以外は無いですからねー。悪戯という事になりますか………お手柔らかにお願いしますね、アンジェ」

アンジェリークなら自分が本当に困るような悪戯はしないだろう――そう信じての事だった。
実際には彼の予想と別の意味で、ルヴァが本当に困ってしまうような悪戯だったが。

「それじゃあ………少しの間、目を閉じていて下さいね」

何故か恥ずかしそうに俯く恋人の言葉に従い、素直に瞳を閉じる。
そして遠慮がちに、彼女の手が頬に触れる。
顔に落書きでもされるのだろうか……覚悟を決めた彼の唇に、柔らかくて温かいものが触れた。
彼女からの触れるだけのキスなら、これまでにも何回かされた事がある。
しかし今回は、それに留まらなかった。
軽く触れるだけの口づけは、次第に唇を重ね合わせ、深いものへと変わっていった。
最近になってするようになった、恋人同士のキスだ。
「ふっ…」
アンジェリークが時折漏らす小さな声に、熱い吐息に、ルヴァの理性はゆっくりと確実に崩れていった。
アンジェリークを離さない様に、背中に腕を回して閉じ込める。


数分後、ルヴァの腕の中で息を荒くして、力なくしなだれかかるアンジェリークが居た。
「……………一体、誰の入れ知恵ですか?」
少し内気なところのある恋人が自分で考えたとは思えない『悪戯』だった為、彼女に秘策を授けた者が誰なのか、ちりちりと胸を焦がす嫉妬心を自覚しながら尋ねる。

(両宇宙の聖地に居る人間で、こんな事を考えそうな人は……………)

ルヴァ自身と彼女を除いた聖地関係者の中で、該当者を割り出しにかかる。
そして思い当たる人物各々に最も効果的な懲らしめ方、及び手持ちの薬の種類と死なない程度の分量計算まで始めるルヴァの、決して穏やかとは言えない思考は、ようやく呼吸を整えた可愛い恋人の一言で遮られる。

「あの…レイチェルが、これならルヴァ様は驚いても、絶対に困らないだろうって……………」

その予想に反しない答に苦笑いしながら、ルヴァは密かにレイチェルへの報復を心に決めた。
(それとアンジェにはきっちりと『お返し』しておきませんと………ね)
その後何でもない風を装って話題を変え、恋人が焼いたというかぼちゃパイを仲良く味わう。


パイを食べ終えて二人並んでソファに腰掛け、のんびりと話をしているその時。
ルヴァは油断しきっているアンジェリークを引き寄せると、「Trick or Treat」といつもより低めの、どこか艶めいた声音で耳元に囁く。

「えっあの、お菓子はさっき一緒に食べちゃいました…よね……?」

急に言われて困惑するアンジェリークを、逃げないように腕の中に閉じ込める。
通りの良い艶やかな栗色の髪を優しく丁寧に片手で梳きながら、頬に口づけを落とす。

「ええ、そうですねー……ですから悪戯…ですね」
その表情はいつもの穏やかさとは違って、少し意地悪な微笑。
普段彼が表に出さない、大人の男性の色気を感じさせる扇情的な表情に、囁きよりも強く普段よりは低めな声色に、アンジェリークは眩暈がする程どきどきしていた。
それでも、ささやかな抵抗か恥ずかしさの為か、紅い顔で目を逸らして反論する。
愛する男の熱い視線を、吐息を、すぐ側で感じながら――

「そっ…それにルヴァ様、仮装してないじゃないですか!」

その苦し紛れの言い訳に、彼女を抱きしめるルヴァの腕の力が少し強くなった。

「おや……知りませんでしたか、アンジェ?男は時々、狼に変身するんですよ?」
「!!」
「それじゃあ、手をお借りしますね」

ルヴァは言うや否や、ソファに腰掛けた自分の膝を枕にして彼女を仰向きに寝かせる。
アンジェリークの指輪が嵌まった方の手を取ると、自分の両手で包み込む。

「ルヴァ様…あの、手を……どうするんですか?」

大好きな人に膝枕をされて、いつもとは違う意味でどきどきする微笑で見つめられて、少し骨ばった大きな手で自分の手を取られた状態。
アンジェリークはますます速くなる自分の鼓動を感じながら、問う。
その問いにルヴァは、アンジェリークが初めて見る蟲惑的な笑みで応じる。

「お菓子が無いですから……………悪戯ですよ」

利き手の指先でアンジェリークの指先を撫で、指の腹や指の付け根も同様にして指を滑らせる。
もう一方の手は彼女の手が逃げないように、がっちりと固定している。
今までされた事も無い仕方で手を触れられ、アンジェリークは嬉しいような恥ずかしいような、何とも言えないけれど決して不快ではない心地がした。

「アンジェ、嫌だったらちゃんと言って下さいね?」

言いながら、指輪の嵌まった薬指に口づける。

「い…いやじゃない…です……」
それだけ言うのが精一杯だった。

アンジェリークは耳まで赤い顔を伏せ、時折ちらりとこちらを窺う。
その反応がとても愛らしく思えて、もっと見たくなったルヴァは彼女の手に唇を滑らせ始めた。
触れるか触れないかの微妙な刺激が、アンジェリークの胸を高鳴らせる。

「ふぇ…ルヴァ……さまぁ………」

時々体をぴくりと震わせる恋人の漏らす甘い声に、瞳を潤ませた熱っぽい表情に、ルヴァは満足そうに艶のある笑みを零すと更に告げる。

「今夜は寝かせませんよ………」
「えぇっ?!あ、あの…明日も平日ですし……」

そう、明日は平日なのでお互いに執務があり、どちらも執務を疎かにはできない立場にいる。
心臓が爆発するのではないかと思える恋人の爆弾発言に、アンジェリークは本気で焦った。
ルヴァはそんな彼女の反応を見て、くす…と意地悪な笑みを零す。

「……………って言ったらどうしますか?」

その様子を見てからかわれたと思ったアンジェリークは、瞳を潤ませて恋人を睨み上げる。
「ルヴァ様、今日は何だかすごく意地悪です……そんな冗談言うなんて………」

するとルヴァはどこか傷ついたように微笑むと、真摯な声音で問いかける。

「本当に冗談だと……そう思いますか、アンジェ?」
「……っっ!!」
冗談ぽく誤魔化す事で抑えている熱い想いまでも、否定するのですか――
暗に、そう問われている気がした。
何も言えずに見つめてくる恋人の熱い頬に、ルヴァは羽根の触れるような優しい口づけを落とす。

「貴女が望まないなら、無理強いはしたくありません。もう随分と暗くなっていますし、そろそろ送っていきましょう」

そう告げるとアンジェリークから体を離し、外出する為に外していたターバンを手に取った。
「ぁ……」
彼の背中を見つめながら、アンジェリークは小さく声を漏らす。

先に煽ったのは自分の方。
それなのに無理強いはしたくないからと引いてくれた、優しい人。
大切にしてくれているのだと、痛いほどに分かる。
アンジェリークも、彼が本当に冗談で言っているのではないと理解していた。
ぎりぎりで、逃げ道を用意してくれたのだ。
心の準備が出来ていないなら、逃げてもいいんですよ…と。
そんな優しい人を、傷付けてしまった。
このまま帰ってしまったら、彼は当分触れることさえ避けてしまうような気がした。


彼女が考えている間に、彼は外出の準備を整えてしまった。
いつもの穏やかな表情でアンジェリークに振り向き、手を差し出す。

「アンジェ…先ほどはすみませんでした。貴女が嫌でなければ、部屋まで送らせて下さい」

その言葉に、アンジェリークの迷いは消えた。
また不安で決心がぐらつかないように、強く彼に抱きつく。
ルヴァは少し驚いて目を見開いたが、すぐに切ない表情で愛しい恋人を腕に閉じ込めた。
潤んだ瞳で見上げる彼女の手触りの良い栗色の髪を撫でながら、最後の確認をする。

「本当に……後悔しませんか?」
「…………………………はい」
小さかったがはっきりと、アンジェリークは答えた。

「……ありがとう、アンジェ…愛していますよ………」
「私も………ルヴァ様を愛してます……………」





そして翌日、恋人へのプレゼントを用意する為オリヴィエの執務室へ相談にきたルヴァは、散々冷やかされた挙句に背中を軽く叩かれた。
「っ…!」
決して強い力ではなかったが、痛みに顔をしかめる様子を見てオリヴィエは心配する。

「どしたのルヴァ?ひょっとして背中にケガでもしてたの?」
「ええ、少し…でも気にしないで下さいね」

笑って答えながら、ルヴァは思う。
(この傷は、彼女が残した証ですからね……)
背中の傷が疼く間は、離れていても彼女の存在を、自分への想いを、感じる事が出来る。
腕の中の恋人が付けた傷の痛みが、逢えない間の慰めになってくれるから……………。

「……今頃は、胸元の痕を誰かに指摘されてる頃でしょうかねー………」

小さく呟いたルヴァは、艶を帯びた意味ありげな微笑を浮かべていた。
その呟きを聞き取ったオリヴィエは、彼が昨夜誰と何をしていたのかを悟る。
オリヴィエの邸にも昨晩恋人が訪れていた為、女性陣のお祭りの事は聞かされていたのだ。

「ルヴァ…あのコにあげるドレスって、もしかしてそのつもりで……………」

ルヴァがオリヴィエに頼んだアンジェリークへのプレゼントは、今彼女が執務中に着ているものよりも露出度の低いドレスである。

「さあ……どうでしょう。ただ、あのドレスは肌を出しすぎると思いますけどねー」

くす…と小さく彼が零した魅惑的な笑みは、男の色気と激しい独占欲を感じさせるには十分過ぎるものだった。
オリヴィエはその笑顔に凍りつきながら、厄介な恋人を持ったアンジェリークに同情した。


後日、度々『虫刺され』の被害に遭う聖獣の女王のドレスが、肌を隠すために露出の少ない新しいものに替わっていたそうな……………。



-Fin-

〜後書きという名の言い訳〜
すいません、攻め攻めなルヴァ様書きたかったんですぅ〜っっ!!!ちゃんと『攻め』なルヴァ様になってるといいんですが(汗)
イメージ違ってたらごめんなさいm(_ _)m 本当はまだ書きたいシチュエーションがあったとは言えない(笑)
年齢制限付くのかどうか……それでも何となく、当サイトのニクアン話よりエロい気がするのは何故ですか(吐血)
ちなみに目指したのは、『フェロモン漂う大人なルヴァ様』と『誘い受けなコレちゃん』……目標達成したかどうかの判断はお任せします(^^;)
自分では分かりません(涙)そして私は逃げます。探さないで下さい(逃亡)
2006.10.28 UP

ここまで読んで下さってありがとうございます

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