―お疲れ様、おやすみなさい―
| 聖獣の宇宙に四人目の守護聖が誕生してから間もなくの、ある土の曜日の午後のこと。 休日にも関わらず、聖獣の宇宙の有能な女王補佐官・レイチェルは、平日とほとんど変わらない程あちこちを駆け回っていた。 立場上聖地を離れられない為、あちこち、とはいっても宮殿内部や王立研究院くらいだが。 「全くレオナードったら!視察に行ったら後でちゃんと報告書を出してって言ってるのに……」 不機嫌そうな足音を響かせて宮殿の廊下を歩く彼女の手には、先ほどレオナードに書かせたばかりの報告書の束があった。 それは一回の視察の報告書だけではなく、何回かの分をまとめているものだ。 レイチェルはそれらを早足で歩きながら読んでいたが、宮殿に仕えている女官たちや研究員達が彼女に気付いて慌てて道を開けていたので、誰かにぶつかるという事もなかった。 「あとは………っ?!」 クラリと眩暈がした。 目の回るような忙しさ、とはまさにこの事か。 自分でも気付かぬ内にレイチェルは疲れを溜め込んでいたらしい。 ふぅっと短いため息を吐くと、レイチェルは歩調を緩めて目的の場所へと向かう。 レオナードから受け取った報告書を、分析結果と照合して貰う為にエルンストに渡しに行くのだ。 (せっかくだし、お茶に誘ってみようかな?) しかし彼女が聖獣の鋼の守護聖の執務室を訪れた時、その部屋の主は不在だった。 代わりに補佐が資料と伝言を預かってくれたが、聖地内に新しく出来た喫茶店にエルンストを誘おうかと思っていたレイチェルは、少し残念に思った。 補佐にも、彼がどこに行ったか分からないらしい。 (今日はルヴァ様がいらっしゃる日だから、アンジェを誘うのは悪いよね……) 大切な親友で、聖獣の女王でもあるアンジェリーク。 創世の危機によってずっと宮殿の奥に篭りっぱなしだった彼女が、ようやく恋人と扉越しではなく、直接顔を合わせて逢える日なのだ。 ルヴァの訪れを心待ちにしている親友の様子を微笑ましく、応援したいと思えばこそ、多少の無理をしてでも頑張りたいと思う。 ――それでも。 ほんの僅かだが、ルヴァにアンジェリークを取られた気がして、寂しいと感じてしまった。 (はぁ……………中庭でも行って、気分転換してこよう) 疲れている為に、こんな気分になるのだろうから。 中庭にやって来たレイチェルは薄紫の花を咲かせる樹に、目を奪われた。 「やっぱり、いつ見ても綺麗……」 樹を挟んで自分と反対側の場所にあるベンチに座って休む為、樹に近づいた彼女は、先客が居る事に気がつく。 水色の短髪に白をベースとした無彩色の服を着た、見慣れた後姿。 「…エルンスト?アナタも着てたんだ」 レイチェルが話しかけても、彼は俯いたまま返事をしない。 研究に没頭している時はよくある事なので、小さく苦笑いを零してからそっと近づいてみた。 余程集中しているのだろうか、彼の隣にレイチェルが座っても、エルンストはぴくりとも動かない。 流石に面白くなくて、レイチェルは驚かせようと彼の顔を下から覗き込んだ。 「あれっ寝てる………」 普段は頭脳明晰・冷静沈着を絵に描いたような研究者気質のエルンストは、今はレイチェルの目の前で中庭のベンチに座ったまま、無防備な顔ですーすーと静かな寝息を立てながら眠っていた。 ついうたた寝してしまったのだろう、彼は眼鏡をかけたままだった。 「全くもう…眼鏡くらい外せばいいのに……ふふっでも可愛いなー♪」 起こさないようにそっと両手を眼鏡にかけて外し、折りたたんで側に置いてあったケースに入れておく。 これならレンズが割れてしまう心配も要らないだろう。 (それにしても、ほんっとうにいい天気〜) 軽く両腕を伸ばして空を見上げると、爽やかな青空が広がっている。 舞い落ちる薄紫の花と青空が、よく映えた。 しばしそのままレイチェルが顔を上げていると―― とん、と肩に重みがかかった。 目を向けると、エルンストが肩に寄りかかってきていた。 「エルンスト?」 小さくレイチェルが呼びかけてみるが、やはり返事は無い。 眠気を誘う陽気だから、熟睡するのも頷けてしまう。 疲れが溜まっていたレイチェルも、うとうとしている間に眠り込んでしまった。 お互いに寄り添うように、二人がそのまま眠り続けていると。 「おや、先客が居ますねー。あれはレイチェルとエルンストでしょうかー?」 「本当ですね。二人共、何だか眠ってるみたいですけど……風邪引いたりしないかしら?」 幸せそうに寄り添って中庭へやってきたのは、神鳥の地の守護聖のルヴァと聖獣の女王のアンジェリークだ。 こんな所で眠ってしまったら二人が風邪を引きはしないかと心配する恋人に、愛しそうに微笑んでルヴァは告げる。 「それは大丈夫でしょう。何と言っても、貴女が守っている聖地ですからねー。二人共根が真面目ですから、きっと疲れが溜まっていたんでしょう。このまま寝かせておいてあげましょうか」 「そうですね。私が出てこられない間も、レイチェルはずっと頑張ってくれていたから………ちゃんと休んで欲しいです」 二人は眠り込んでいるレイチェルとエルンストに、温かく微笑む。 「おやすみなさい、二人共……」 「二人共、いつも頑張ってくれて本当にありがとう……だから、疲れたらちゃんと休んでね」 聞こえているかどうかは分からないが、そっと囁いて二人は宮殿内へと戻っていった。 後にははらはらと舞い落ちる薄紫の花びらと、それに包まれて幸せそうに眠る二人の頑張りやさんが居るばかり…………… -Fin- 〜後書きという名の言い訳〜 2007.7.29 UP |
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