―傲慢な本音を隠すわたしを、あなたが嫌悪しませんように―

神鳥の宇宙と聖獣の宇宙を繋ぐ次元回廊を通り抜けるや否や、真剣な眼差しで目的の場所へと急ぐ、一人の青年。
宮殿の廊下を歩く女官や神鳥の宇宙から派遣されてきている研究員達は、普段とはうってかわった彼の様子に慌てて道を譲り、頭を垂れる。
滅多に慌てる事のない穏やかな性格で知られている神鳥の聖地からの来訪者は、常ならば笑顔で彼らに挨拶するのだが、現在は緊急事態の為に目指す場所へひたすら急いでいた。


目的の場所―聖獣の聖地の謁見室―までやって来た彼は、奥へと続く扉の前に立つ男女を目に留めた。

「レイチェル!それに、アリオスも居るんですね」

急いだ為に呼吸を乱しながらも、彼らに聞こえるように大きめの声で呼びかけると、二人も来客に気付いて駆け寄って来た。
レイチェルと呼ばれた、レースをあしらった紫のドレスを纏う聖獣の宇宙の女王補佐官はベールも外したまま動揺した様子で訴える。

「ルヴァ様!アンジェが大変なんです!」
「ええ、聞きました…それで、彼女の容態は?」

レイチェルより落ち着いた様子の銀髪の男―アリオス―が、彼女に代わり問いに答える。

「今は寝室で寝かせてあるが……中庭で倒れてから、目を覚ます気配が無い」
「会わせて貰っても構いませんね?」

許可を求めるというよりは確認する口調で、ルヴァは二人に言った。
もしこの場に彼らが居なければ真っ先に、倒れた彼女の側に行っていただろう。

「そうしてくれ……ところで、他の奴らはどうした?お前一人だけなのか?」
「多分もうすぐ来ると思いますよ。私たちの力を送る必要があると、陛下は判断なさるでしょうからねー。今頃あちらでは守護聖全員に緊急召集がかかっているはずです」
「えっルヴァ様、陛下のご指示を待たずにいらしたんですか!?」

ルヴァの言葉に、レイチェルは驚きを隠せない様子で目を丸くする。
のんびりでどちらかと言えば迅速な行動が苦手な神鳥の地の守護聖が、他の守護聖達より早くやって来た事にも驚いたが、彼が仕えている神鳥の女王の指示を待たずにこちらへ来た事が、心底意外に思えたようだ。

「一応、一緒に知らせを聞いたオリヴィエに伝言をお願いしましたから……アリオス、他の皆さんが来るまで、彼女についててあげて下さいねー」
「ああ、分かった」

アリオスの返事を待たずに、ルヴァは聖獣の女王の私室へと入っていく。
二人は謁見室と女王の私室を繋ぐ扉を閉めたが、その音すらも彼の耳には届かない。
そのまま迷う事無く、アンジェリークの居る寝室へと歩を進める。



入るなり目に飛び込んできたのは、広い天蓋付きの寝台に、ベールやティアラは外されていたが執務用のドレスを着たままで寝かされていた、最愛の女性の姿。

「アンジェリーク…」

彼女の眠る寝台の側に寄せられていた椅子に腰掛け、震える手で彼女の手を取る。
規則正しく脈打つ温かい彼女の手から、しなやかな生命力が伝わってくるようだった。
その事に少し安心したルヴァは、両手で彼女の手を包み込む。

(どうか……目を覚まして下さい、アンジェリーク)

祈りを捧げるように瞳を閉じて、己の身に宿す地のサクリアを解放した。
ルヴァとアンジェリークを中心として螺旋状に立ち昇るサクリアは、ゆっくりと聖獣の宇宙の隅々まで溶け込むように広がっていく―――

どれ程そうしていただろうか。
目を閉じて力を送り続けるルヴァの耳に、小さな声が聞こえてきた。

「ルヴァさま……」
「…アンジェリーク?」

ルヴァが目を開けると、目を覚ましたばかりのアンジェリークの綺麗な青緑の瞳と視線がぶつかる。
ずっと握っていた彼女の手を戻して労わるように優しく、その頬を撫でる。
手の温もりが心地よいのか、アンジェリークは頬に触れる彼の手に、自分の手を重ねた。

「ルヴァ様、来て下さったんですね………嬉しいです」

ふわりと柔らかく微笑む恋人の笑顔と言葉に、胸が熱くなる。
上体を起こそうとする彼女を支え、そのまま強く抱き締める。
きつく抱き締められたアンジェリークは少し苦しさを感じたが、そこまで心配してくれた恋人の気持ちが嬉しくて、応えるように自らの両腕を彼の背中に回す。

しばらくの間言葉を交わす事なく、久しぶりに温もりを分かち合う。



「アンジェ……体の方は、もう大丈夫なんですか?」

きつく抱き合っていた体を離し、片腕を彼女の腰に回したまま、残った方の手で彼女の頬をそっと撫でる。
アンジェリークは申し訳無さそうな顔で、彼の問いに答えた。

「まだ…それでも、ルヴァ様が力を送って下さったおかげで、少し楽になりました」
「そう、ですか………すみません…貴女がこんな状態なのに、私は……………」

それ以上ルヴァの口が言葉を紡ぎ出す前に、アンジェリークは彼の唇に指を当てて遮る。
悲痛な表情や声から、彼が自分自身を責めているのを感じ取ったのだ。

「どうかご自分を責めないで下さい。ルヴァ様は最近ずっと調査で駆け回っていらっしゃると伺いました……お疲れじゃないですか?目の下、クマが出来てますよ」

確かにここのところのルヴァは、寝る間も惜しんで調査に勤しんでいた。
創世の危機が迫っている聖獣の宇宙の為、それ以上に大切なアンジェリークの為に。
その事を誰かが話したようだが、なかなかこちらに来られなかったというのに、責めもせずに労わりの言葉をかけてくれる彼女の優しさが、切なくて……………愛しい。

「貴女は………本当に、優しいですね。ありがとう、私なら大丈夫ですよー」

アンジェリークは安心したように微笑んだが、すぐに寂しそうな表情に変わる。
聞いてみるとアルフォンシア……アンジェリークとレイチェルにしか見えない聖獣の宇宙意思が、彼女に危機を教えているらしい。

「ルヴァ様……私はしばらくの間、この宇宙を支えるので精一杯で、人前に出られそうもないんです……………だからお逢いできなくなる前に、一つお願いがあります」
「はい。私に出来る事なら遠慮せずに言って下さい」

アンジェリークは自分を抱き寄せるルヴァの腕から外れて、枕元に置かれた小さな棚の一番上の引き出しから、表面にビロードが貼られた小箱を取り出した。

「これは…私が差し上げた指輪の箱………ですね?」
「ええ…当分お会いできそうにないから……だからルヴァ様の手で、この指輪を嵌めて頂きたいんです。それならどんなに辛くても、この指輪を見たら頑張れる気がして………」

寂しさを漂わせながら、アンジェリークはふわりと微笑む。
いじらしい恋人の笑顔に、自分に向けられるひたむきな想いに、胸が一杯になる。

「アンジェ……」

お互い公私の区別をしっかりつける方だった為、彼女が執務中に指輪をしないのは知っていたし、理解もしていた。
本来なら執務の最中であるはずの今の時間の彼女はまだ、『聖獣の宇宙の女王陛下』。
故に恋人であるルヴァから贈られた指輪を、そのほっそりとした指に嵌めてはいない。
それでも当分の間は逢う事が出来ないからと、この手で指輪を嵌めて欲しいと願う彼女の想いが、愛しかった。
小箱を受け取って了解すると、指輪を贈って間もなくの頃と同じく、彼女は目を閉じて両手を差し出した。
指輪を取り出したルヴァは、その時のように迷う事無くアンジェリークの左手を取ってその薬指に嵌める。

「愛しています………アンジェリーク。あの時よりもずっと深く、貴女を想っています」

静かに告げた後、彼女の左手の薬指に嵌めた指輪にそっと口付ける、その仕草も同じ。
ただ、想いを通わせて間もないあの時と違っているのは―――想いの深さ。
『愛してる』という言葉では足りない、深くて強い、この想い。
決して穏やかな感情だけではなく、時折自分でも持て余してしまう激情さえ伴うもの。
――彼女が女王となる前に想いを告げていれば、彼女を独り占め出来たのだろうか。
――それが叶わなかったとしても、出来れば自分だけを頼って欲しい。
お互いの立場からすれば傲慢とも思える事さえ考えてしまう、私の想い。
それでも彼女にこんな自分を知られて嫌われたくなくて、言葉を重ねる。

「……愛しています…」

この言葉に偽りは無いから。
だからどうか、他の人に心動かされないで欲しいと、願いを込めて。


-Fin-

〜後書きという名の言い訳〜
関俊彦さん、45歳のお誕生日おめでとうございますー!!
謙虚の塊みたいなルヴァ様に、「傲慢」というのがなかなか結び付かなくて難産でした(苦笑)
さて、ニクアン連載の続き書くじょー…


2007.6.11 UP