―我慢しきれずに零れるのは、明るい笑い声でありますように―

宇宙の危機が救われた事で回復した女王の計らいにより、催されたささやかなねぎらいの宴。
そこに集うのは、守るべき自分の宇宙を親友に預けて故郷の宇宙の為に立ち上がったアンジェリークと、志を同じくして共に戦った仲間たち。
アンジェリークは、長く辛い旅の間にお世話になった彼ら一人一人と話をした。
旅の間に失ってしまったもう一人の戦友の事を思いながらも、誰も口には出さない。

志が違った為に、戦わねばならなくなった仲間。
お互いに己の信じる道を進んだ――それは確かなはず。
そしてその結果、この宇宙は救われた。アンジェリークたちの心に大きな傷を残して。

皆の手前、笑顔でいなければならないのだろう。彼女も仲間たちも。
しかし全員と話し終え、おそらく失った仲間――アリオスの死を、最も悼んでいるであろう想い人と踊った後のアンジェリークは、もはや笑顔を保てそうになかった。
そっと人目を盗むように、出口から外へ出ようとする彼女に後ろから声がかけられた。

「アンジェリーク、少し貴女とお話がしたいんですよ……構いませんか?」

声をかけたのは、先ほどアンジェリークと一緒に踊ったばかりの想い人。
この宇宙で人々に知恵をもたらす地の守護聖、ルヴァだった。
普段は穏やかで温かい微笑みを浮かべる彼も、今の表情はどこか憂いを帯びていた。
それでも微笑んでいられるのは、地顔のためか、彼の秘める強さゆえなのか……………

「…はい」

アンジェリークが外に出ようとしたのは、彼の笑顔を見て胸が締め付けられるように痛んだ為。
彼の悲しそうな微笑を見ているのが辛かった。
……………それでも。
明日になればお別れしなければならない想い人と、少しでも一緒に居たかった。
しばしの逡巡の後、結局アンジェリークは少しでも長くルヴァと居られる方を選んだ。



外に出た二人はしばらく、お互い何も言葉を交わさないまま星空を見上げていた。
アンジェリークは空を眺めながら、これまでの出来事を思い起こす。

最後に敵として戦った皇帝レヴィアスは、共に仲間として戦っていたアリオスだった。
その事実は、仲間全員に少なからず衝撃を与えた。
中でもアリオスと最も親しかったルヴァの驚きと哀しみは、如何ほどのものだったのか――
皇帝と戦う時、アンジェリークは彼を戦いに参加させるのを止めようかと思った。
しかしルヴァは、はっきりと静かな声で「私も、貴女と一緒に戦います」……そう告げたのだ。
アンジェリークはその申し出を心強く思うと同時に、切なさで胸が一杯になった。
その後の戦いが自分達にとってどれ程辛いものか、痛いほど分かっていたから……………

目の前に立つルヴァの背中を見つめると、それだけで彼の抱える哀しみの深さが伝わってくるような気がして、アンジェリークの瞳に涙が滲んだ。


一体どれ程の間そうしていただろう。
静かに見守るアンジェリークに、ルヴァは哀しみを隠し切れない微笑で振り返る。

「すみません。私の方から貴女とお話がしたいと言ったのに………」
そう謝る彼の顔は、やはり無理をしている笑顔。
再び胸が痛くなったアンジェリークは、首を横に振ってただ「いいえ」とだけ答える。
それで安心したのか、ルヴァの表情がほんの少し和らいだ。

「ありがとう、アンジェリーク……今まで本当に、よく頑張ってくれましたね………」

これから彼が紡ごうとしているのは、お別れの言葉。
その言葉を言われる前にどうしても、アンジェリークは彼に伝えたい事があった。
それは、女王試験を受けていた頃から想い続けていた彼を、本当に大切に想うが故の言葉。

「ルヴァ様……泣いても、いいんですよ………アリオスを亡くして、一番悲しいのはルヴァ様なんですから……………っ!」

言われたルヴァよりも先に、言っているアンジェリークの方が泣き出してしまった。
瞳から溢れ出た涙が、ぽつぽつと頬を伝って石のタイルの上に落ちる。
涙は途切れる事無く、次から次へと零れ、月明かりを受けて瞬きの間輝く。

「アンジェリーク……………」

ルヴァは、目の前で嗚咽を漏らして泣き始めたアンジェリークの涙を見て、美しいと思った。
他人の為に泣ける人が、一体どれ程いるだろうか。
いつもの彼なら、大切に想うアンジェリークが泣いている時、『どうか泣かないで下さい』そう言って彼女の涙を止めていたかもしれない。
しかし――今の彼の答は、普段と異なるものだった。
ルヴァは涙を見せまいとして俯くアンジェリークを、そっと抱き寄せて囁く。

「私は…泣きたくても、涙が出てこないんです。
ですから、私の代わりに貴女だけでも……彼の為に、泣いてあげて下さい」

いつからか、そうそう簡単には泣けなくなってしまっていたから。
自分の分までアリオスの為に泣いてくれるアンジェリークが、愛おしかった。
涙は、心のわだかまりを、やり場の無い想いを、浄化してくれるから。
希望と可能性に満ちた新宇宙へと帰っていく貴女が、笑顔でいられるように。
前を向いて歩いていけるように、今はただ、その涙を受け止めさせて下さい。

それは、言葉にはならなかったけれど……
アンジェリークは、ルヴァの腕の中で声を上げて泣いた。
ルヴァは彼女の涙が自分の服を濡らしていくのも気にせず、アンジェリークの艶やかな栗色の髪を、その涙が自然に止まるまで優しく撫で続けた。



やがて彼女が泣き止むと、ルヴァは優しく微笑んで声をかけた。
その表情は、アンジェリークの涙と共に自らの心も浄化されたかのように、いつものほっとするような温もりと穏やかさを取り戻していた。

「アンジェリーク…これから私の言う事を、よく聴いていてください」

泣きはらした顔を見られたくない気持ちを知ってか知らずか、ルヴァは視線を夜空に移すと、片手でしっかりとアンジェリークを抱きとめたまま、もう一方の手で空の一点を指し示した。

「調べてきたんですけどね。貴女の宇宙は、どうやらあっちの方向にあるらしいんですよ」

その言葉にアンジェリークはゆっくりと顔を上げ、ルヴァの手が示す方向に目を向ける。
腕の中の想い人が空を見上げたのを察し、彼は言葉を続ける。

「不思議ですよね…今ここにいる貴女が、明日はもう遥か彼方なあの辺にいるなんて………」

彼女を抱きとめるルヴァの腕に、知らず知らずの内に力が篭る。
それはアンジェリークに、彼もこの別れを惜しんでくれているのだと、どんな言葉で表すよりもはっきりと、教えてくれていた。
アンジェリークもおずおずと、ルヴァの背中に腕を回す。
顔を上げると、自分を見つめる優しい視線とぶつかる。
ルヴァはそっとアンジェリークの頬を撫で、語りかける。

「私は毎晩、あの辺を見ますから……ですから貴女も、私が居るこの宇宙を、探して下さいね」
「……はい、ルヴァ様」

アンジェリークが微笑んで頷く。頬には未だ涙の痕が残っていた。
ルヴァはゆっくりと顔を寄せ、涙の痕に口付ける。
そのキスの温もりに、眩暈がしそうな程の幸せを感じながら瞳を閉じたアンジェリークは、
ある事を心に決めた。

『皆で、幸せになる』

だからそれまでは、ルヴァに想いを告げないでいようと決意する。
そして親友であり補佐官でもあるレイチェルの待つ新宇宙へと帰ったアンジェリークは、皆で幸せになる為に、アリオスの魂を新宇宙で転生させる事になる。

新たな生を、幸せで満たして欲しい――そんな祈りを込めて……………


-Fin-



〜後書き〜
ルヴァ様お誕生祝い第2弾投下しました〜。『トロワで正式に恋人同士になる』という設定の下での天レクLLEDの扱いはこうなりました。
例の『ターバン外し』の儀式がありませんね。天レクLLED切なくてかなり好きなんですけども、初回クリア時のデータであれだけアリオスと仲良かったんだからルヴァ様にも悲しんでて欲しかったのですよ。

アルカディアに召喚された二人はその後、二次創作部屋に置いてる『世界でたった一つの星の花』、『幸せのひと時』 へと繋がっていきます。
「何でこの時点で恋人同士じゃないの?」という疑問ですけど、共通の友達と敵として戦った訳ですから、二人とも心に傷は負ってるんです。

大事な友達が孤独を感じ続けたままで、自らの生を終わらせてしまったら……皆さんどう思います?
とても自分たちだけ幸せにはなれないと思うのですが……(^^;)それが読者様に伝わってるといいなと思います。
2006.7.7 UP

ここまで読んで下さってありがとうございます

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