―愛ゆえに貴女を殺す―

彼女にとって、それは何でもない一言だったのかもしれない。

「ねぇルヴァ様。もし私が他の人を好きになったらどうします?」

久々に逢った恋人のその言葉に、ルヴァは驚いて読んでいた本から顔を上げる。
言った本人であるアンジェリークはいつの間にやら、彼のいる大きな木の影から少し離れた花畑に座っていた。
前に逢った時より少し長くなった栗色の髪は風になびいてサラサラと流れ、淡いピンクの服を着て色とりどりの花に囲まれる姿は、その名前の様に天使に見えた。
眩しさに、思わず目を細める。

アンジェリークは悪戯ぽく笑っていたが、その瞳はまるで彼を試すように真剣だった。
――どうやらしばらくの間本に集中していたらしい。
「……困りますよ」
困ったように笑って穏やかな声で答えるルヴァの心は、実際には激しくかき乱されていた。
それを表には出さなかったけれど、かえって彼女は不満に思ったらしい。
拗ねたようにぷいと横を向いて、彼女は目を逸らした。
その様子が可愛らしくて、笑みが零れる。
しかし久しぶりに逢う恋人をほったらかして、読書に集中していた事を申し訳なく思う。

「すみません、アンジェ。貴女と一緒に居ながら本を読んでるなんて失礼でしたね」
栞を挟んで本を閉じ、その本の贈り主である天使に近づく。
「…いいです。それだけその本を気に入って下さったって事でしょう?私の方こそ、プレゼントしておきながら拗ねたりしてごめんなさい」

頬を染めて謝るアンジェリークの隣に膝をつき彼女の手を取ると、ルヴァはその手の甲にそっと口づけた。
アンジェリークの顔がますます赤くなる。

「る、ルヴァ様?!」
「今後貴女とこうして過ごしている時に本を読んだりしませんから……許してくださいね?」

顔を上げて許しを請いながら、ルヴァは思う。
(貴女は分かっているのでしょうか?)

彼女の質問は、実はいつもルヴァが不安に思っていた事だった。
恋愛事に関して積極的ではない自分を、ここまで虜にしてしまうほど魅力溢れる女性だから。
いつか自分の元を飛び去って、他の男の所へ行ってしまいやしないか――と。
もし実際にそうなったら――普段は彼女を『大切にしたい』からと抑制している衝動が、抑え切れなくなるかもしれない。
大切に慈しみたい……その一方で、自分の下に縛り付けたいという欲望。
きっと純粋なアンジェリークは知らないだろう。ルヴァの心の中の激しさを。
彼女が他の誰も見ない様に、自分だけを見るように、時々どこかへ閉じ込めてしまいたくなる事を。
その背中の見えない翼をもぎ取って、どこへも飛べないようにしたい……と、そんな事さえ考えてしまう程の、恋の激しさを――
恋とは、甘い甘い毒のようなものかもしれない。
麻薬のように人の理性を麻痺させ、時として道を踏み外させる程に強力な、毒――

(私は貴女に恋をするまで、ここまで激しい感情が自分にあるとは知りませんでしたよ……)

「本を読んでらっしゃるルヴァ様も好きだから……」
アンジェリークの言葉に、我に返る。
彼女は真っ赤な顔をしながらも、幸せそうに笑っている。

「本にルヴァ様を取られた様な気がして妬いちゃっただけですから、気にしないで下さいね」

無垢な天使の嫉妬はやはり、可愛らしいものだった。
強く抱きしめて腕の中に閉じ込め、その紅く染まった耳元に囁きかける。

「ありがとうございます、アンジェ。私の為に妬いてくれたなんて……嬉しいですよ」
だから、他の男の所に行かないで下さいね……と、そう続けるルヴァにアンジェリークも応える。
「ルヴァ様こそ、他の女の人の所に行かないで下さいね」
そう言って微笑む彼女の表情は、どこか艶めいていた。
その微笑に、酔わされる。惹きつけられる。
逸らされないよう彼女の頬に片手を添え、一方でしっかりと抱きしめながらルヴァは言う。

「ふふ…大丈夫ですよ。私の心は貴女に差し上げてしまいましたからね」

彼女に顔を近づけると、待っていたようにそっと瞼を閉じるアンジェリーク。
そしてその柔らかな唇にゆっくりと口づけたルヴァは、自分が更に深く彼女に酔っていくのを感じていた………

アンジェ。先ほど貴女が訊いた事ですが、もし貴女が他の誰かを好きになってしまったら………
私はきっと、正気ではいられなくなるでしょう。
貴女を愛しているからこそ、どうしようも無い程囚われているからこそ、他の誰かのものになる前に、貴女を殺してしまうかもしれません。
そうならない様いつも祈っているなんて、貴女は知りもしないでしょうが。
いつか本当に貴女が他の誰かを好きになってしまったなら、その時は、覚悟しておいて下さいね?
真綿で首を絞める様に、大切に慈しむ様に、貴女の人生で最後の存在になってみせますから。


-Fin-

狂いそうな程苦しいのは、強く想うからこそ。大切にしたい気持ちに嘘偽りはないけれど。
翼を捥いで檻に閉じ込め、誰の目にも触れさせないようにしても、不安や欲望は、決して消える事はないだろうけれど。
そして……………実際には、それ以上に相手の笑顔を望んでいるからこそ、決して狂う事など出来ないけれど。
だからこそ、苦しい。いっそ狂ってしまえた方が余程、楽だったかもしれないと思うほどに。
そんな想いが出てるといいんですが(^^;)ルヴァ様は自制心強すぎて狂えないと思います。