―嬉しさの涙―

風邪をひいたのは、何年ぶりの事だろう………?
両親を亡くして、引き取られた親戚の家でどうだったかは覚えていない。
少なくとも、女学院の寮に入って以来風邪をひいた事は無かったと思う。
――風邪をひく余裕なんて、どこにも無かったから。
誰かにこんな風に看病されるなんて、側に温もりを感じるなんて、本当に久しぶりの事で――懐かしさと嬉しさに、涙が出る。


「アンジェリーク、具合はいかがですか?」

部屋に入ってきたニクスが、ベッドに横になっているアンジェリークを気遣う。
彼の手には水の入ったコップと飲み薬、それに湯気の立ち上るスープ皿が載ったトレイ。
ベッドの中のアンジェリークの顔は熱が出ているのか、赤くなっていた。
時々苦しそうにコンコンと咳き込む姿は、見ているニクスの方も辛くなってくる。

「コンッ………だ、大丈夫です…ニクスさん。すみません、ご迷惑を……………」
言い終わる前に再び苦しそうに咳をする。どうやら彼女は風邪をひいたらしい。

「迷惑などとは欠片も思ってはいませんよ。ただ、貴女に負担をかけ過ぎてしまったと反省しているのです」
アンジェリークに申し訳なさそうな顔を向け、近くのテーブルにトレイを置いてニクスは続ける。
「こんな時に限って他に誰もいないとは……………」

二人が依頼を終えて帰ってきた時、丁度ジェイドが出かけるところだった。
彼が言うには、レインはカルディナまで研究論文を提出しに行き、ヒュウガはセチエからの緊急を要する依頼に出かけたらしい。
ジェイドはコズの長老に大事な用事を頼まれて出かけるところだった。
三人とも、二日ほど帰ってこれないそうなので留守を頼まれてすぐ、アンジェリークが風邪をひいて寝込んでしまったのだ。
――どうやら依頼の途中から具合が悪くなっていたらしいが、迷惑をかけてはいけないと体の不調を隠していたらしい。
それに気付けなかった自分を、ニクスは情け無いと思った。
二人が先日終えた依頼は、雪に覆われたラシーヌの村人からのものだったのだ。

あまりにも具合が悪そうなアンジェリークが、気にかかって仕方が無い。
他に誰か一人でも居たなら、交代で看病も出来るのだが……

「ニクスさん…書類の整理、あるんでしょう……?私は大丈夫ですから……………」

具合の悪い時でも、人に迷惑をかけまいとする彼女。
いつも人々の助けになりたいと頑張っている姿を知っているからこそ、こんな時は申し訳なくなる――女王としての行動を、いつも彼女に求めている事が。

「書類の整理なら、急を要するものは既に終わらせてあります。今は私に………心配させて下さい、アンジェリーク」

こんな時くらいは、自分を頼って欲しいと思う。
――身勝手な願いだと、自分でも思うけれど………

「食欲はありますか、アンジェリーク?」
スープを勧めるニクスに、アンジェリークはふるふると首を横に振る。
「ごめんなさい…今は、食べられそうにないです………」
そして苦しそうな咳を繰り返す。
その姿が痛々しくて、少しでも楽にさせたくて、ニクスはアンジェリークを抱き寄せて、その背中を擦る。
「ゴホゴホッ……ニクスさん………?」
背中に感じる温もりに、アンジェリークはニクスの方を見上げる。

「こんな時くらいは、誰かを頼って下さい……」

それ以上何も言わずに、抱き寄せる腕に力を込める。
自分を抱き寄せるニクスの温もりに、アンジェリークは亡くした両親の温もりを思う。
(お父様もお母様も…私が風邪をひいた時、こんな風に背中を擦ってくれた………)

もう、家族の温もりに触れる事はできないけれど――こんな時くらいは……甘えてみてもいいのだろうか。
「ニクスさん、我儘だって分かってますけど…側に、居て下さい……………」
我儘だと思っても、この温もりを無くしたくなかった。

不安げに見つめるアンジェリークのお願いに、ニクスは一瞬驚いたようだ。
しかし、すぐ微笑んで耳元に唇を寄せてきた。低く甘い声で、囁かれる。
「わかりました、アンジェ。貴女が目覚めるまで、ずっと私が側に付いています」
そして、髪を梳かれる。大切に慈しむように。

「そうそう、アンジェリーク。熱を下げるには適度に汗をかくのが良いそうですよ?」

くすくすと笑いながら告げるニクスに、アンジェリークの顔は更に赤くなる。

「え!?そっ…それは、ちょっと……………ゴホゴホゴホッ」

喉を痛めているのに慌てて叫んだ為、大きく咳き込むアンジェリーク。
ニクスは『すみません』と謝りながら、その背中を優しく擦る。

「冗談ですよ。貴女が私にとって最愛の女性でも、病気の時に襲いはしません。それより……眠る前に、薬を飲んだ方が良いでしょうね」

テーブルから飲み薬を取ろうとするニクスの横顔を見て、からかわれた事に頬を膨らませていたアンジェリークは悪戯ぽく微笑んだ。

「それじゃあニクスさん……口移しで、飲ませてくれますか?」
「貴女から、そう言って下さるとは………ね」

大人の男性の魅力を感じさせる艶っぽい微笑みを見せて、ニクスは飲み薬を含んだ。
アンジェリークの頬に、大きくて優しい手が添えられる。

触れた唇と背中に回された腕は温かく、口移しで飲ませてもらった飲み薬はとても……………甘かった。
とっても幸せで、嬉しくて――――――涙が出た。
今側にあるのは、大切な人の温もり……幼い頃に無くしたものとは違うけれど、何があっても………失いたくない、この世にたった一人の温もり。


-Fin-

管理人が風邪でダウンした頭で考えたので、色々おかしいと思いますが甘い話になってますか?(笑)
嗚呼、ニクスさんの白衣姿が拝みたい……。

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