―また明日も―
今にして思えば、気になったのはあの時からだったのかもしれない。 あの頃……新たに生まれた宇宙の女王となる為に行われた女王試験の期間中で、最も疲れていた時に。 宇宙の中で最も多くを知ると言われている、知恵を与える地の守護聖その人の言葉だったから。 いつも穏やかなあの人の、思わぬ一面を知ったあの時から―――… 「確か……育成をお願いした後、そのままお茶に誘われたのよね」 新宇宙―現在では聖獣の宇宙と称される―を守り導く女王アンジェリーク=コレットは、今では恋人同士となった相手とのなれ初めを、大切にしまい込んだ宝物を見せるような優しい表情で語り始める。 「あなたは一体、この世界をどう感じているのでしょうねー」 球体の育成をお願いした後、「美味しいケーキを頂いたので、これからお茶をご一緒しませんか?」と穏やかな声で誘われ、お言葉に甘えて午後のティータイムを過ごしている時に呟かれた言葉。 「えっと………?」 決して嫌味には聞こえなかったが、その発言の意図が突然過ぎて、アンジェリークは戸惑いながらルヴァの様子を伺う。 彼も悪気があって言った訳では無いようで、捉え様によっては誤解を招くかもしれない表現をしてしまった事を謝ってお茶のお替りを淹れてくれた。 「ありがとうございます」 「いえいえ。こちらこそ、ありがとうアンジェリーク。あなたがさっき私が言った事を誤解しないでくれて良かったですよー」 「あの…私、さっきルヴァ様がおっしゃった意味がよく分からなくて……どういう事なのか、よろしければお聞きしてもいいですか?」 内気なところがあるアンジェリークが思い切って訊ねると、彼は顔を嬉しそうに綻ばせる。 「ええ、勿論構いません。あなたは向上心があるんですねー。嬉しいですよ」 「………」 「おや、どうしました?私の顔に何か付いてますかー?」 彼の顔を見つめたまま急に固まったアンジェリークを見て、ルヴァはどうしたのかと首を傾げる。 不意打ちの笑顔にうっかり見入ってしまったと、正直に言うわけにもいかない彼女は誤魔化すしか無かった。 「なっ何でもないです!」 「そうですかー?それならいいんですけど、具合が悪かったら言って下さいねー」 先ほどのアンジェリークの質問に答えるべく、ルヴァはお茶で軽く喉を湿らせてから口を開いた。 「隠すような事じゃないんですけど、私は時々あなた達女王候補を羨ましく思う事があるんです」 「ルヴァ様が、私やレイチェルを……?」 意外そうに目を丸くする彼女に、彼はにっこりと笑って頷く。 「私は守護聖になる前からあれこれ調べるのが好きでして、守護聖となってからも色んな本を読んだり様々な体験をしてきましたが………女王のサクリアが無いので宇宙の意志を直接知る事は出来ませんからねー。だから、私にはどうしても感じられないものを感じられる、あなたにしか知ることの出来ない世界がある、宇宙の意志に触れる事で一つの真理に触れる事ができる……」 穏やかな表情、声音ながらも、本心からの言葉だと分かる真剣さを感じる。 真摯な眼差しで語るそのグレーの瞳に見えたのは、静かな情熱。 普段の柔らかな物腰に隠された、揺らぐ事の無い意志の光に、アンジェリークは目を逸らせなかった。 「だから、私はあなた達が羨ましいと思いますよアンジェリーク。勿論、女王候補とか守護聖とかいう立場以前に一人の人間として、同じものに触れても感じ方は人それぞれな訳ですし………あなたにはあなたの、レイチェルにはレイチェルの、それぞれ思い描く世界があるはずです」 「……はい」 アンジェリークが青緑の瞳でしっかりと目を合わせて頷くと、ルヴァはふっと眼差しを和らげて微笑む。 その表情を見てほっとしたアンジェリークは、いつの間にか肩に力が入っている事に気付く。 それは、優しくて穏やかな先生のような彼が内に秘める飽くなき探究心を垣間見た驚きと、正体の分からない感情によるもの。 それから再び他愛も無い世間話をしている内に、視界に見えた窓から入り込む太陽の光の傾きと色で、今日はもう家に帰る時間だと知る。 「ああ、もう日が傾いてきましたか………アンジェリーク、また来て下さいね。美味しいお茶とお菓子を用意しておきますから」 「はい、今日はありがとうございました。お茶もケーキも美味しかったです!」 笑顔で見送るルヴァにお辞儀をし、扉を閉める前にアンジェリークは満面の笑みで告げた。 「ルヴァ様。また明日も、お話聞かせて下さいね!」 「ふふ……また明日、お待ちしてますねー」 女王候補たちが生活する寮の自室に戻ったアンジェリークは、今日の出来事を思い出してふと思った。 (ルヴァ様の感じる世界は、どんな世界なのかしら………) 心に生じた素朴な疑問。 それが今日まで続く二人の物語を紡ぎ始めた、小さなきっかけだったのかもしれない。 「今は別々の宇宙に住んでいるから、あの時みたいに『また明日』って約束は出来ないけれど……また逢いたい、もっと知りたいという気持ちに変わりは無いの」 アンジェリークに恋人とのなれ初めに関する話題を振ったレイチェルとエンジュは、話し終えて紅茶で喉を潤す彼女を見つめた。 遠く宇宙を隔てて想い合う二人の強い絆と深い愛情を、そしてそれらを愛する人と共にゆっくりと育んで綺麗に花を咲かせた彼女を、同性ながらとても美しいと思った。 彼女の恋人は今、聖獣の宇宙を視察したいと申し出て聖地の外に出かけた為この場には居ない。 予定では明日の夕方になるはずで、その次の日は彼の誕生日だ。 誕生祝いにこの話をしたら、ルヴァは一体どんな反応を返すのだろうか。 こっそり話してやろうと二人は心に決め、ご馳走様と声に出さず呟くのであった…………… -fin- 〜後書き〜 |
ここまで読んで下さってありがとうございます
ブラウザバックでお戻り下さい