―月に愛されし太陽―

「フィレス王女…貴女にこうして会うとは思ってなかったよ」
「あはは。言われてみればそうよね〜…オデンのオッサンに対抗しようとしてたアタシたちが神の尖兵、だもの」

白と金を基調色とした神官らしき身なりの男は、目の前でからからと笑う少女に苦笑を零した。
生前二人は、人間界に度々戦乱の元を撒き散らすオーディンの企みを知り、神々の手の内から解放される為に人間界の結束を図ろうとしたのだ。
もっとも神官風の男――ゼノンの方はかつて、オーディンが人間界に戦乱を引き起こす為に自らの知識と意思の一部を込めて創り出した『隻眼の写本』によって操られていた。
手にした写本によって神々の企みを知りえた彼は、同時に写本によって神々の都合のいいように踊らされたのだ。
その結果として大陸全土を巻き込んだロゼッタ一年戦争が起こり、多くの人命が失われる事となった。
それを見事集結へと導いた功労者が、今ゼノンの目の前で明るく笑っているフィレス王女だ。
ゼノンは申し訳なさそうに顔を伏せ、かつての事を謝る。

「貴女にも、本当に迷惑をかけてしまったね……すまない」

生前の二人は志を同じくしながらも、手を取り合う事は叶わなかった。
フィレスの活躍によって写本の支配から解放された彼は、自責の念から死を望んだ。
それを『アンタは死んだ人の分まで、生きなきゃならないのよ!』と言って思いとどまらせたのも彼女だった。
神々の思うがままにさせない為に、出来る事をしろ……と。
その時の事が、今もなお鮮やかに蘇ってくるようだ。

「もう済んだ事よ。それにエインフェリアになったおかげで、皆に再会できた訳だしね〜」

にっこりと笑うフィレスの表情は、強く輝く昼間の太陽を思わせる。
それを見たゼノンは、彼女が本当にかつての仲間達との再会を喜んでいるのだと理解する。
心からの笑顔に、内側からの輝きに、眩しさを感じた彼は自然と目を細めた。

(本当に貴女は、俺と正反対なんだね。フィレス王女……)

死なせてしまったかつての仲間達に再会した彼は、フィレスにした様に謝罪して回っているのだ。
ほとんどの仲間は、さほど気にしてはいなかった。その事がかえってゼノンを苦しめる。
少なくとも民衆は、戦乱を引き起こした張本人である彼を許さなかったのだから……それが彼の死因となった。
ロゼッタ一年戦争終結からわずか五年で、彼は暴徒に襲われて命を失ったのだ。
一方のフィレス王女はというと、戦いで片腕と多くの仲間を失いながらも戦乱を収めた英雄として、大陸中にその名を轟かせた。
戦後まもなくディパン公国の王族である彼女は、友好を結んでいたパルティア公国の第一王子シフェルと結婚して後に彼が即位した際王妃となったと聞いた。
風の噂に伝え聞いた時に胸の奥で疼いた小さな痛みまで思い出し、フィレスから顔を逸らす。

「あ、勿論貴方に会えた事も嬉しいわよ?」
「うわぁっ!!」

突然ひょこっと下から覗き込んできたフィレスに、ゼノンは思わず声を上げてしまう。慌てて後ずさりして距離を置く。
命輝く季節の燃えるような陽光を浴びて爽やかな風にそよぐ梢の色に似たフィレスの瞳が、今度は哀しげに伏せられた。
その態度の豹変にゼノンが首を傾げていると、それに気付いた彼女は口を開いた。

「少なくともアタシは、生前から貴方を同志だと思ってたから……だから、貴方が暴徒に殺されたと聞かされた時は、本当にショックだった。立場は正反対でも、あの時代、アタシ達は確かに同じものを目指していたはずだったから……………」

先ほどとはうってかわって、痛みに耐える辛そうな表情をするフィレスに、ゼノンはかけるべき言葉が見つからなかった。
生前の彼女がそこまで敵対していた自分を気にかけていたとは思わなかった為、正直嬉しさよりも戸惑いの方が大きかった。
深く心の内にしまい込んだ言葉が口をついて出そうになるのを抑えながら、代わりに別の言霊を送る。

「……ありがとう………」

激動の時代を最後まで生き続けた彼女を、死ぬまで支え続けていたパルティア最後の王シフェル。
国同士の政略結婚でもあっただろうが、フィレス以外には妃を持たなかったパルティア王は、彼女が人間界の為に良いと思うことを自由にさせた――そこには確かに、フィレスに対する深い愛情と信頼があっただろうと思う。
彼女にとっては死してなお、その存在は大きい……自分などには、入り込む余地すら感じさせない程に。
ゼノンはエインフェリアとなってから、その後の人間界の情報も多少は手に入れていた。
それ故に、彼女にとっては『最も遠き同志』にしかなり得ないだろう己の存在も、思い知らされる。

(本当に、君は太陽みたいだね。しかし俺は、君の後ろにある月の存在を思わずにはいられない。だから……………絶対に言わない)

他の男ごと彼女を愛する事など、自分には出来ない事だから――

-End-

〜後書きという名の言い訳〜
ブログで回答していた『口説き文句バトン』のキーワード『光』で書いてた小話を、若干修正して再録しました。
でも結局うちのゼノン君にフィレス様は口説けませんでした(^^;)
もしゼノンの想いが実るとすればエインフェリア解放後、それも生前のフィレスとシフェルを良く知るセルクリ+αの協力が必要になりそう。
フィレスがゼノンに惹かれていたとしても、自分では同情だと思い込んでて、恋だと気付いたのはゼノンが死んだと聞かされた時かな。
うちのシフェルは「おっとりしてるけど極めて勘がいい人」という設定があるので、おそらく気付いていたのでしょうが。

ここまで読んで下さってありがとうございます

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