―木は森の中に、嘘は多くの真実の中に―

「君が、ずっと好きだった」
「……………え?」

エインフェリアとしての運命から解き放たれ、新たなる生を歩み始めてから偶然ある村で再会したフィレスに、ゼノンはそう告げた。
後ろを歩いていた彼女を振り返ると、フィレスは碧の瞳をぱちぱちと瞬かせて立ち止まっている。
あまりに突然の告白に、何を言われたのか理解出来ていないように見える。
しばらくしてゼノンの視線に気付いた彼女は、ぼんっと音がしそうな程急激に顔が赤くなった。
その姿を見ているだけでは初めて出会った頃の…自分より一つ年下だった彼女そのままに思えるのだが、フィレスは生前二十四歳で命を落としたゼノンの倍以上生きてきた。
激動の時代を、風土病で命を落とすその時まで――

「えっちょっと待って、それって……」

告白される事に慣れてないらしく動揺する彼女に、ゼノンは穏やかな微笑を向ける。

「初めて出会った頃からずっと、死ぬ瞬間まで好きだったよ……フィレス王女」

二人が出会って間もなく、彼女は幼馴染のパルティアの第一王子と結婚したけれど。
それでも、ゼノンの胸に宿るフィレスへの想いは消えることが無かった。
戸惑いを露にする彼女の様子に苦笑し、ゼノンは彼女の気持ちが和らぐような言葉を重ねる。

「今も……という訳じゃないよ。ただ、一言告げておきたかったんだ」

彼女がエインフェリアとなってから、生前の仲間や家族との再会を果たしたことは知っていた。
そしてただ一人、生前のフィレスを死ぬまで支え続けてきた彼女の夫―パルティア最後の王、シフェル―彼だけが、戦乙女の選定から外れていた事も。
その事実がかえって、フィレスの心に夫の存在を深く刻み込んでいる事も、全て……………

ゼノンが告げた言葉に、フィレスは僅かに安堵の笑みを浮かべた。

「そうだったの……びっくりしたわ。でも……………好きになってくれて、ありがとう。今でもって言われたら困ってたけど、あなたの気持ちは嬉しかったわ」
「今日は君に会えて嬉しかった。いつかまた、どこかで会えるといいね」
「え、もう行っちゃうの?もう少しゆっくりしていけばいいのに」

残念そうに言うフィレスに、ゼノンは寂しげな笑顔で告げた。

「そういう訳にはいかないよ。俺の生前の罪は、今も消えやしないのだから………」

そう、大陸全土を巻き込んだ戦乱を引き起こしたのは自分。
オーディンの創り出した隻眼の写本の魔力に囚われて行った事とはいえ、多くの人命を失わせた罪は決して消えはしない。
それが、ゼノンが今もなおミッドガルドに生き続けている理由。
フィレスは今にも泣きそうな、怒りそうな、複雑な顔でゼノンを見る。

「あなたは今も、贖罪の為に生きているのね………?」
「…………………………ああ」

二人が初めて出会った日。
オーディンの意思と力の一部が秘められた隻眼の写本を、フィレスがゼノンから奪い取って燃やしたあの時。
長い間悪い夢を見ていたのが、ようやく覚めた心地がした。
そうして正気を取り戻して思い知った、写本に操られていた間に己がいかに取り返しのつかない事をしでかしたのかを――
罪の重さに耐え切れず死を選ぼうとした彼の頬を、フィレスは泣きながら打った。
今でも鮮明に思い出せる、その時の彼女の言葉。

『今あなたが死んでも、死んだ人は生き返るわけじゃない!』
『生きなさい。生きて罪を償い続ける、それがこれからのあなたがこの世界の為にすべき事よ』



「そうだ、フィレス王女。最後に一つだけ聞かせてくれないかな」
「……………何?」
「君は生前、幸せだったかい?」

フィレスは目を閉じて、柔らかそうな手を胸の前で重ねて答える。

「ええ、とても幸せだったわ………この世界の為、この世界に生きる人々の為に自分に出来る精一杯のことをしてきたし、そして……………………大切な人たちが、側に居てくれたから」

目の前の彼女の姿は、永遠の愛を誓う初々しい花嫁のように見えた。
その愛を捧げられるのが決して自分ではない事を、思い知らされる。
ゼノンの胸に小さな痛みが走る。

「……そうか」

それじゃ…と言ってフィレスに背を向け、移送方陣の詠唱に入る。
あと僅かで術が発動するその瞬間、後ろから声をかけられた。

「今だから言えるけど、私もあなたのことが好きだった!」

彼女が居る方を見たときには既に、術は発動した後だった。
移送方陣で辿り着いたのは、二人が敵同士として初めて対峙した地。
当時大陸南部で隆盛を極めたロゼッタ王国が存在していたかの場所には、苔生す礎石があるばかりだ。

「フィレス王女…上手に嘘を吐く方法を知ってるかい?」

あの日と同じ色の空を見上げ、ゼノンは届かぬ言葉を紡ぐ。

「それはね、沢山の真実の中にたった一つ、嘘を紛れ込ませる事だよ……………」

本当に、死の瞬間まで彼女のことを想い続けていた。
そして今もなお、焦がれるほどに恋をしているのだと――

「俺たちが俺たちである限り、君とシフェル王のように、二人の道が一つに交わる事は無いのだろうね……」


-End-


〜後書きという名の言い訳〜
2007年のエイプリルフールにブログで書いてた、シフェフィレ前提のゼノン→フィレスなお話を再録しました。
多分、フィレスがフィレスである限り、ゼノンがゼノンである限りは、二人の気持ちはすれ違うのではないかと思いました。
生前のフィレスがゼノンに想いを寄せていた可能性もあったかもしれないので書きましたが、彼女自身がゼノンへの想いに気付いたのは、多分彼が死んだと聞かされた時だったろうなー…と思いました(^^;)
何でゼノフィレはこうも片思いで終わるのだろう………(遠い目)

ここまで読んで下さってありがとうございます

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