―時を越えて託されたもの―

「ねえ。ちょっとお話したいんだけど、いいかしら?」

赤を基調とするローブと帽子を身につけた、いかにも魔術師らしき姿の男の背中に、明るい少女の声がかけられた。
頭の上に疑問符を浮かべながらも振り向く男の名は、ソロン。
かつて大陸北東部に存在したパルティア公国に仕えた宮廷魔術師であった。

「あんたは確か…フィレス女王か?」

ソロンに声をかけたのは、肩位の長さに切りそろえられた癖のほとんど無い金髪に深みのある緑の瞳をした少女だ。
とはいえ本人たっての希望で十七歳の姿でマテリアライズされただけで、中身は五十八歳なのだが――
その彼女はかつてパルティア公国最後の王の王妃であり、大陸全土を巻き込んだ戦乱を見事収めて和平条約を締結させた偉大な人物である。
王妃でありながら「女王」と呼ばれる彼女は、夫と共にしっかりと国を支えていたそうだ。
ソロンが彼女を「女王」と呼んだのは、その辺を踏まえての事だ。

「フィレス、でいいわよ。今はもうパルティアは無いんだし」

からからと笑う様子は、まさに天真爛漫といえるもの。
ソロンも無意識に入っていた肩の力を抜いて微笑みを返す。そして尋ねた。

「それで、俺に何の用だ?」

その途端、フィレスの顔つきが変わる。
真夏の梢を思わせる深い色の瞳に、知性の光が確かに宿る。

「あなたがパルティアの宮殿に残した文書の事について、訊きたかったのよ」
「……ほう。俺よりざっと百年は後の時代まで残ってたのか、あれは」

「念入りに魔法処理を施した甲斐があったってもんだ」と続けるソロンも、くだけた口調を変えないままで表情を変える。
彼より後の時代の魔術師達から「天才魔術師」とも「賢者」とも讃えられる彼は、普段その鋭い知性を表に出す事はほとんど無い。
先ほどとはうって変わって、よく切れるナイフのような鋭さを宿して不敵に笑う。

「いつもウザいくらい熱血してるけど、本当にアレあなたが書いたの?」
「ウザいは余計だろ。まあ、あんたに嘘を言ってもすぐ分かるだろうから、本当の事しか言うつもりはねえよ」

ウザいと言われて少し顔をひくつかせたソロンだったが、それでも言われ慣れているのか、フィレスに続きを促す。

「お礼が言いたかったの。あなたが残してくれたあの文書が無ければ、アタシもオデンのオッサンの思いのままに生きていたと思うから……」
「………そりゃどういたしまして。だが俺は、ただ可能性を示しただけだ。確証があった訳じゃ無かったんだぜ?」

肩をすくめて苦笑する魔術師に、かつての女王は静かに首を横に振る。

「それでも。その可能性に気付かせてくれた事で、アタシは悔いの無い生を過ごせたの。だから大人しく感謝されて頂戴」

『賢者ソロンの秘文書』――パルティアの宮廷魔術師だったソロンが生前残したもので、その中には魔法に関する複雑な理論や考察が主に書かれているが、神々と人間に関する、ある可能性さえも記されていた。
それはすなわち、神々が優秀なエインフェリアを獲得する為、人間の住む世界ミッドガルドに度々戦乱を引き起こしているという可能性である。
ソロンが生きていた当時のパルティア公国では、神学も盛んに研究されていた。
その頃に書かれた内容としてはかなり過激で、神官たちの強い反発もさることながら、神々に対する人間の認識を根底から揺るがすものだった為、公表される事は無かった。
そして宮殿の図書館の奥深く―禁書の類が置かれている棚の奥―にひっそりと隠されたものが、ソロンが宮廷を去ったおよそ百数十年後、パルティア王家と親しく交流していた当時のディパン王家の王女・フィレスによって見つけ出されたのだ。
書かれてから永い時を経て、彼の考えが正しかった事が証明されたという訳だ。
流石に内容が内容だけに、世に出る事は無かったものの―――…

ソロンは表情を緩ませ、今度は柔らかい微笑みを浮かべて言った。

「俺もあんたに感謝してるぜ、フィレス。あんたが大陸各地の知識や技術を体系化して遺してくれなければ、随分多くが失伝していただろうからな……。そうなりゃ、俺が生前立てた説が正しかったかどうかすら確認のしようがなかっただろう。真理を追求する魔術師の一人として、礼を言うぜ」

フィレスは晩年、各地に散らばる錬金術や魔術その他の知識や技術を体系化して編纂した「真理の書」を遺したのだ。
それは後世の魔術師や錬金術師たちのバイブルとして、数百年経過した現在でも王立図書館には必ず写しが置いてある。
いくら素晴らしい知識や技術でも、伝える者がいなければ失われてしまう……
一度失われてしまえば、再びそれを復活させるには相当な時間を要する。
フィレスのおかげで失伝せずに済んだ知識は、相当な数に及ぶ――ソロンはその功績を讃えた。

礼を言われたかつての女王は、くすぐったそうに笑いながら応える。

「どういたしまして。それにしても、まさか賢者と敬われてたあなたに感謝されるなんて……生前は夢にも思わなかったわね」
「おいおい、賢者はよしてくれよ。俺はそんなガラじゃねえからな」

ソロンは照れ隠しなのか、先の尖った帽子のつばを引っ張ってそっぽを向く。
その様子を見て更に笑みを深めるフィレスは、からっとした口調で告げた。

「まあ、用はそれだけよ。時間取らせちゃってごめんね」
「いや、なかなか楽しかったぜ。それじゃあな……」

片手を挙げて立ち去っていくソロンの背中が見えなくなると、フィレスは笑みを消して呟いた。

「それでもやはりあなたは賢者よ……………ソロン」

その呟きを聞くものは、誰も居ない。ただ、強く風が吹くばかりであった――


-End-

〜後書き〜
ブログより若干の修正を加えてUPしました。私の中でのソロン兄さんとフィレスはこんなイメージです。
『賢者ソロンの秘文書』ってレナス編でアーティファクトにもなっていて、その所有権はオーディンにあるそうです。
レナス編ハードモードで登場するアリアンロッドの迷宮のボスが持っているので、神々にも不死者にも重要な内容が記されていたのではないかと考えました。
そうなるとソロン兄さんって相当鋭い知性の持ち主かも?という妄想が膨らんだ結果、このような話が生まれました。
私のイメージでのこの二人は恋愛感情抜きで、お互いに心に溜め込んでるものをぶちまけて猶割り切った大人の付き合いが出来る関係です。
フィレスにとってソロン兄さんは生前の旦那・シフェルや生前悩んでいた事を気兼ね無しに話せる相手で、ソロン兄さんにとってフィレスは、「知識と技術の擁護者」かつ生前一人で抱え込んだまま未来に託した望みを受け取ってくれた相手かなと。
うちのソロン兄さんにとってはシルメリアとアリーシャも「望みを託した相手」ですね。また色々語りのページを作りたいものです。

2006.11.30 UP

ここまで読んで下さってありがとうございます

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