―死が二人を別つまで―
ロゼッタ王朝がラッセンの町に奇襲攻撃をかけた事から始まって大陸全土を巻き込んだ、後に一年戦争と称される戦いがロゼッタの王都が周辺四大国による包囲作戦で陥落してから、ミッドガルドでは早半年が過ぎていた。 戦乱の傷跡は未だ各地に残る中、ここパルティア公国の王都は賑やかで楽しげな雰囲気に満ち溢れている。 先の一年戦争で輝かしい功績を残したディパン公国のフィレス王女が、まもなくパルティア公国の第一王子シフェルの元に嫁ぐのだ。 元々両国は同盟関係にあり、婚姻を結ぶ二人は幼馴染でもあった為、城内はフィレス王女の輿入れを疑うことなく歓迎していた。 各国からの招待客は勿論のこと、婚礼衣装や料理等、必要なものは全て揃った。 明日、主役である二人が大聖堂で神々に宣言すれば、婚姻は完全に結ばれる事となるのだ。 城内で最も高い塔の一室に呼び出されたフィレスは、明日には夫となる幼馴染を真っ直ぐに見上げて口を開く。 「どうしてこんなとこにアタシを呼び出したの、シフェル?明日の予定ならバッチリ頭に入ってるわよ」 ちなみに今彼らが居る場所にはあらかじめシフェルが手配していたらしく、暖炉の炎が揺らめいて部屋全体を適度に暖め明るく照らし、木製の四人がけテーブルに白い布が敷かれた上にはフィレスの好みの料理が二人分用意されていた。 暖炉にかけてある鍋にはおそらく、じっくりコトコト煮込んだビーフシチューが入っているのだろう。 フィレスの問いかけに、シフェルは短く切った茶色の髪をぽりぽり掻き、歯切れ悪そうに答えた。 「部屋だと何かと人目があるからね……まあ、食べながら話そうか。もうすぐ夕食の時間だし。給仕の者には既に言ってあるから、そっちの心配はいらないよ」 「いいけど……何でご丁寧に盗聴防止の結界まで張るのよ?」 彼はフィレスを部屋の外まで案内してきた彼女の部屋付きの女官に、用事が済んだら部屋まで自分が送るからと人払いを頼むと、盗聴を防ぐ為の結界まで施したのだ。 そうまでして二人で話さねばならない内容に、思い当たらなかった。 訳が分からないという感情を隠さない顔で言うフィレスに、シフェルは空を思わせる青い瞳を楽しげに緩めて笑う。 「君の聡いところは好きだけど、まずは食事だよフィレス。好きな方に座ってて。今シチューを入れるから」 「シチューは大盛りね」 「はいはい。君の大好物だもんね」 彼女の要望通り大盛りで二人分のシチューをよそったシフェルは、更に二つの杯に葡萄酒を満たしてそれらをテーブルに置いた。 シチューの具は隻腕のフィレスにも食べやすいよう全て一口大にしてあって、パンの入った籠や温野菜のサラダが盛られた器も、全て届く範囲に置かれている。 「どうぞ召し上がれ」 「じゃ、遠慮なくいただきまーす!」 シフェルの細やかな心遣いを嬉しく思い、フィレスは丸くて柔らかそうなパンを自分の皿に二つほどとって、シチューを木製のスプーンで掬って食べ始めた。 好物のシチューを美味しそうに食べるその姿を本当に嬉しそうな顔で見つめながら、シフェルもシチューを口に運ぶ。 味を確かめ、少年のような顔でにっこり笑う。 「良かった、うまく出来てるみたいだ。久しぶりだったから、どうかなーって思ってたんだけど……」 「ちょっとちょっと、アンタ城中こんなドタバタしてる中で、こーんな手のかかる料理作ってたの?!明日の結婚式の主役でしょうが!!」 「いや、主役というならフィレスもだけど……ああ、そうそう。話というのはその事なんだけどね」 「な、何?」 急に真面目な顔つきになったシフェルに、フィレスは表には出さずたじろぐ。 彼がこういう表情をするのは、決まってパルティア公国の王位継承権第一位保持者としての話をするときだ。 「このまま私と結婚してもいいのかな?」 「……………はぁ?」 フィレスは彼がふざけているのかと思ったが、シフェルの表情はあくまで真面目だった。 「君の夢は知ってるし、私と結婚すれば確かにそれに近づくだろうけど………本当に君はそれでいいのかい?」 「急に何を言って……」 「次期国王の私と結婚するという事はつまり、死ぬまでパルティアに縛られ続けるという事だよ。分かってるだろうけど」 温野菜のサラダを一口食べ葡萄酒を味わってから、シフェルは更に続ける。 「今ならまだ自由がある。勿論パルティアもディパンも大騒ぎになるだろうけど、一人の女の子として生きる道を選ぶ事も今ならできるんだよ、フィレス………」 「アタシがあんたとの結婚を嫌がってるとでも思ったの?」 そうフィレスが言ってみると、シフェルはどこか寂しそうな表情で首を横に振った。 「いや、疑問にも思ってないのが分かるから………それにどうやら、気づいてないみたいだし……ね」 「?アタシが何か忘れてるって言いたいの??」 「………まあ、いいけどね。気づかない方が幸せなのかもしれないし」 小さくため息を吐いて食事を再開したシフェルは、先の戦いでフィレスのおかげで処刑を免れたある人物を思い出していた。 (そう、フィレス…君が自分の気持ちに気づいたからといって、許される恋でもないからね……) 彼女自身は気づいてないが、人の感情を敏感に察知するシフェルには分かった。 彼女はずっと好意を寄せていた自分ではなく、根本のところで志を同じくする男に恋をしている。 その事実に、胸の奥が焼け付く思いがする。 おそらく自分に出来るのは、彼女を支えその夢の実現に協力する事くらいだろう。 長い歴史を持つパルティア公国の第一王子で次期国王の彼には、到底叶わぬ夢があった。 その夢は来世という名の未来に託すとして、フィレスのおかげで現世で見届けたい夢が出来た。 「フィレス」 「今度は何よ?」 食事を再開していたフィレスは再び顔を上げて彼を見る。 その迷い無い碧の瞳に見つめられ、胸に小さな痛みを感じたが、シフェルは自分の想いを隠してあえて次期パルティア国王としての顔で言葉を紡ぐ。 「以前私にこう言ったね。『正妃に必要なのは王の寵愛ではなく、信頼と同盟だ』と……」 「ええ。だって王族には政略結婚は当たり前の事でしょう?」 あくまでもきっぱりと応えるフィレスの言葉に、シフェルは内心泣きたくなった。 彼女は本当に自分自身の、シフェルの、そして『彼』の想いに気づいていないのだと知って……… 「……そうだね。君が私の元に嫁げば、間違いなくパルティアは最高の妃を得る事になるだろう。何と言っても君はディパンの王女で、先の戦いの英雄だから………だから、君も私を大いに利用すればいい。この世界の為に、成し遂げたい事があるんだろう?」 フィレスが驚きのあまり目を見開く。 かまわずシフェルは続く言葉を発した。 「君が心に抱く夢を芽吹かせるのに土壌が必要なら、私が耕そう。水が欲しいなら、私が運ぼう。でも陽の光は君の役割だ。私は眠る太陽に代わり夜を照らす月になろう………フィレス。それらと引き換えに、君は私やこの国に何を齎す?」 フィレスはこの部屋に来る時に見た月の静けさと優しさ、それに冷たさをシフェルに感じながら、目を閉じる。 ゆっくりと目を開けた時、フィレスの表情は完全にディパン王女としての顔になっていた。 「死が私たちを別つその時まで、この国の妃として生き続ける事…そして貴方とこの国の民の為に、持てる全てを尽くす事を………ディパン公国第二王女フィレスがここに誓いましょう」 「ならば私は………神々ではなく我が唯一の妃たる者に、パルティア公国次期国王として誓おう」 フィレスとシフェルは片手を重ね合わせ、目を閉じて誓いの言葉を口にする。 『死が私たちを別つまで………』 二人きりの厳かな誓いは、フィレスが五十八歳の時に風土病で息を引き取るその時まで守られ続けることとなる―――… -End- 〜言い訳〜 ブログから再録した口説き文句バトンキーワード『花』より、シフェルからの口説き文句小話です。 やたら時間かかった上にゼノフィレ要素も入ってる!でも後悔はしてない!! ずっと書きたかったんです、シフェフィレ結婚前夜の誓い。 ちなみにうちのフィレス様はビーフシチューが好物という設定になってます(ブログで垂れ流してる妄想から出た設定) うちのシフェルの叶わぬ夢は、「パルティア国民に25の質問」の回答を参照して頂ければ。 その夢にも関係して料理が出来るのですね(笑) でもVP世界や現実の中世において、王族の男性が料理出来るのは極めて珍しいでしょう。まして皇太子だし。 『月と太陽』シリーズの設定で書いてる為、シフェルがえらい切ない事になってますが、結婚前後はこんなもんかと。 その後フィレス様とシフェルは夫婦として信頼関係を築き上げていって、静かで強い絆で結ばれるようになります。 ブログで書いてた時はフィレスを案内してきたのはシルフィードだったんですが、ディーンがお腹に居る上結構お腹が大きい頃だと思い直して変更しました(^^;) 楽しんで頂ければ幸いです。 2007.12.15 UP |
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