―貴方が遺してくれたもの―

「国を出たきり連絡の一つも寄越さないで……誰に似たのよ?」

少し拗ねた口調で、自分によく似た声と年恰好をした女性が言った。
記憶に残っている姿よりもずっと若いその女性は、紛れも無く自分の母なのだとクリスティは確信した。
目の前の若い母――フィレスに、負けじと言い返す。

「………間違いなく、お母様です!」

違う。こんな事が言いたかった訳じゃない。
本当はずっと―それこそ生前から―母に謝りたかった。
国王の唯一の実子という立場でありながら国を出たきり帰らなかった事を、心配をかけ続け連絡もしないままで、故郷から遠く離れた地で命を落としてしまった事を……………
しかし実際に再会してみると、考えていた謝罪は言葉になってくれなくて、先に母に言われてしまった。
それが先ほどのセリフだった。

クリスティは少しばかりの後悔を覚えつつ、久々に会う己の母の様子を伺う。
フィレスの方はというと娘の言葉に思い当たる事があるのか、苦笑を浮かべていた。
「やっぱり、血は争えないのかしらね〜。まぁ、とにかくまた会えて嬉しいわ。国を出た時より随分大人っぽくなったわね、クリス」
にっこりと朗らかに笑う表情は、目の前の姿よりもずっと年を重ねた姿を知るクリスティにとっても、見覚えのある笑顔だった。
知らず知らずの内に、ぽろりと涙が零れた。

「お母様……ごめんなさい!」
「いいのよ、もう。こうしてまた会えたんだから」

泣きながら謝る娘を抱き締めて、フィレスはぽんぽんと背中を軽く叩く。
まるで小さい子供にしているようだとクリスティは感じたが、久しぶりの母の温もりに瞳を閉じて、気の済むまで泣き続けた。


しばらくして落ち着いたクリスティに、フィレスは生前ずっと気にかかっていた事を訊ねる。

「ねえ、クリス……………生前は幸せだった?」

フィレスが母として生涯願い続けていたのは、子供達の幸せだった。
15歳になった娘が兄妹のように暮らしてきたセルヴィアを慕って国を出た後、当然ながら彼女を連れ戻そうと重鎮らは王と王妃たるフィレスに進言した。
しかし二人は、捜索隊を出さずに子供達の思う様にさせた。
フィレスのたっての頼みの為に、彼女の夫だったパルティア最後の王シフェルは、複雑な立場に立たされる事になってしまったが――それでも自分が息を引き取るまでその意思を尊重し続けてくれた事を、ありがたく思う。
だからこそ、子供達が幸せだったのかどうか、確かめたいと思ったのだ……………二度と会えないシフェルの為にも。

クリスティは僅かに俯いたがすぐに涙を袖で拭い、にこっと明るい笑顔をフィレスに向けて告げた。
「はい!後悔する事も一杯ありましたけど……私もセルヴィア様も、最期まで幸せでした!」
「ふーん…という事は、あんたの恋は実った訳ね?」

悪戯っぽくフィレスが訊ねると、クリスティは耳まで真っ赤に染まる。
自分の恋心を母に知られていた恥ずかしさでしどろもどろになりながらも、こくんと頷く。
その様子が可愛らしく、自分の知る思い出の中の娘の姿よりもずっと綺麗に見えて、フィレスは慈しむような眼差しを向ける。
今はもう居ない連れ合いに、そっと想いを馳せる。

――ねえ、シフェル。あたし達の大事な子供たちは、ちゃんと幸せだったみたいよ?勿論色々あっただろうけど……クリスってば随分綺麗になっちゃって…あなたに見せてあげたいわ、本当に………………

「お母様!早く行かないと皆に置いてかれますよ〜っっ!!」
「すぐ追いかけるから、先行ってて頂戴」

急かす娘を先に行かせ、フィレスは空を見上げて一人呟く。

「……………今までずっとありがとう、シフェル」

心からの感謝の想いを込めた言葉は爽やかな風に乗り、世界中を吹き抜けていくように思えた。



-End-


〜後書きという名の言い訳〜
ブログからの再録小話で、セルクリとシフェフィレ前提な母娘再会捏造小話です。
フィレスもシフェルも、子供達の幸せを守りたかったのだと思います。
少なくともクリスは城を出た時点で15歳、パルティア公国の国王と、ロゼッタ一年戦争の英雄でもある元ディパン王女フィレスの唯一の実子という立場で、本人の意思に反して政略結婚させられてもおかしくなかったはずです。
嫌というくらいに、パルティアとディパンの王家の血を引く子供を生む事を期待されていたでしょう。
城を出たのはセルヴィアに対する憧れもあったでしょうし、ロゼッタ一年戦争に参加した母を目標としていたかもしれませんが。そんな疑問から出たお話です。

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