―ある意味最高の口説き文句―

かつて大陸北東部に存在したパルティア公国を始め、後世の魔術師達から敬意を込めて「賢者」と称される魔術師の下に遊びに来ていたパルティアの元女王は、議論していた魔術書から顔を上げると、言った。

「ねえソロン。貴方好きなコとか居ないの?」
「……………はぁ?」

余りにも突然な発言に、頭の中で完全に魔術理論が展開されていたソロンの思考が一瞬停止した。
彼の間の抜けた声に堪え切れず吹き出したフィレスは、未だ頭の上に疑問符を浮かべる賢者に「ごめんごめん」と謝ってから、発言の意図を説明する。

「ソロンの魔術研究者としての才能はアタシも凄いと思ってるの。生前の貴方の研究が無ければ、魔法は今ほど発展していなかったでしょうから。でも魔法の事ばかりじゃなくて、人生もっと色んな事を経験した方がいいと思うワケよ。貴方はまだ若いんだし、恋でもしてみたら?と思ってね」
「ほう…それじゃあ仮に俺があんたを口説いたとしたら、ノってくれるとでも?」

勿論ソロンにそんなつもりは毛頭無いし、フィレスにもそれは分かっていた。
お互いに恋愛感情を含まない気安さゆえの、言葉遊びだ。
不敵な笑みで返したソロンに嬉しそうな顔で微笑むと、偉大な女王陛下は言ってのけた。

「それは止めた方がいいわ。独占欲の激しい白いフードの魔術師にファントムデストラクションされたくなけりゃね」
「あー、はいはいご馳走さん。本当は俺の恋愛なんざどうでも良くて、単にあんたが惚気たかっただけじゃないのか?まあ、上手くいって何よりだが」
「うふふ、ありがと♪」

ソロンにとってはフィレスもそのお相手の魔術師も、ともに時代を超えた同志であり親友とも呼べる存在だった為、二人の悩みや愚痴をよく聞かされた。
彼自身はただ話を聞いて酒に付き合ったぐらいで実際に特別な事は何もしなかったが、彼らと生きた時代が違うおかげで、同じ時代のエインフェリア仲間よりは話しやすかったのだろう。
気持ちが通じ合った後も、二人はしばしばこうして彼のところへ遊びに来ていた。

(人生何が起こるか分からないもんだなぁ……)

かつては敵同士だったという親友達それぞれの経歴を思い、ソロンは感慨に耽る。
彼とて想う人が居ない訳ではない。
人としてそれぞれ新たな生を歩み始めてからも、その人物との交流は続いている。
前の生で古代墳墓で一人命を落とした赤い鎧のトレジャーハンターに、今度は一人で死なせはしないと伝えた事もある。
しかし友達以上恋人未満な現在の関係が心地好くて、それ以上の言葉を伝えていないのも確かだ。

「まあ…魔法と同じくらい大切には思ってるんだが……」
「あら、やっぱり好きなコいるのね。誰?アタシの知ってるコ??」
「………何でそんなに楽しそうなんだ女王サマ」

ソロンの呟きに飛びついてきたフィレスは、目をキラキラと輝かせて「お姉さんに言ってごらんなさい!!」と顔を近づけてくる。
その時、戸口からドスの効いた低い声が響いてきた。

「………ソロンさん、俺の大事なフィレスに何してるんですか?」

声がした方に二人が目を向けると、噂をしていたもう一人の親友である白いフードの魔術師がそこに立っている。
彼は既に印を組んで魔法の詠唱に入っており、それを聞いたソロンは慌てて彼を止める。

「まっ待てゼノン!こんな所でグランドトリガーなんかするんじゃねぇ!!誤解だ誤解っっ」
「妬いてくれるのは嬉しいけど、今はソロンの好きなコの話してたのよ♪」

二人の言葉が耳に届いたようで、ゼノンは詠唱を止めて家の中に入ってきた。
彼は手土産のポルト酒を数本と肴になりそうなものを何種類か、それに自家製らしい干しナツメをテーブルに置いて勧められた椅子に座る。

「それで誰が好きなんですかソロンさん?」
「アタシ達も協力するから、言ってみなさいよ」
「お前ら………言うまで俺の事離す気無いだろう……」

腹黒さに定評のある彼らに笑顔で脅されたソロンは、誘導尋問やら何やらで、結局洗いざらい白状させられる事となった。



そして数刻後。
ソロンは緊張した面持ちで精霊の森に来た。
二人に思い立ったが吉日とばかりにけしかけられ、挙句の果てには「あんまりボヤボヤしてると、あのコ他の誰かに取られちゃうわよ〜?」と偉大な女王陛下に言われて、引っ込みがつかなくなったのだ。

ルインはいきなりやってきた彼に驚きながらもそれが急ぎの用でないと知るや、移送方陣で精霊の森から少し離れた場所にある町に送ってくれるよう頼んできた。
買い出しに付き合って欲しいとの事だった為、告白が先延ばしになった事に内心では安堵しつつ了解した。

二人がたどり着いた町はパルティア公国が消滅して職を失った魔術師たちが移り住んで作った王国の都で、ディパンが神々によって滅ぼされた後行き先を無くした魔術師たちも多く居た。
ソロンが見たところ魔力がミッドガルドに存在する町の中では最も安定しており、更に道ゆく人に聞いたところでは図書館には貴重な文献も数多くあるのだそうだ。
組織だった魔法の研究にはうってつけと言える。
少年のような好奇心に満ちた瞳をするソロンに、ルインは小さく笑う。

「やっぱりね。アンタが喜びそうなとこだと思ってたのよ」
「ああ。俺の時代のパルティアだって、ここまでのレベルじゃなかったからな。あそこの店先に並んでる杖は…」
「はいはい、まずはアタシの買い物に付き合ってよね。一人じゃ持ちきれないんだから」

放っておくと魔術についていつまでも語っている賢者の言葉を遮り、ルインは彼の背中を押して促す。
ルインの買い物は主に冒険の際に必要な携帯食料と回復用の秘薬や霊薬、それに果物をはじめとする食材だった。
二人して大きな袋を抱えて、街を歩く。

「そういえば宿の手配はもう済んでるのか?」
「あ、言ってなかったっけ?アタシここに家買ったのよ。依頼受けて精霊の森で魔法研究の材料集めてる内に、いいとこ見つけちゃってさ〜。住み心地が良くて気に入ってるの。もう着いたわよ」

一軒の家の前で立ち止まったルインが扉に近づいて手を翳すと、鍵の開く音がして自動的に扉が開いた。

「扉に魔法がかかってるのか。それも、家の人間を識別できるぐらい高度な術だな」
「そう。よくお世話になってる依頼主がこの町で研究してて、防犯用にかけてくれたの。ああ、荷物はそのテーブルに置いて頂戴」

言われた通りにしながらも、微妙に聞き捨てならない彼女の発言にソロンは思わず尋ねる。

「………まさかその依頼主って、男なのか?」
「?そうだけど、それがどうかしたの??」
「いや……何でもねぇよ」

どうにか返事は出来たものの、彼の心の中はもやもやとして晴れない。
ルインは首を傾げながら、突然黙り込んでしまったソロンの為にポルト酒を用意し、自らは「着替えてくるから先に飲んでて」と言い置いて部屋に引っ込んでいった。
ソロンは面白く無さそうな顔で瓶を開け、杯に酒を満たして一気に煽る。

(はぁ……やっぱりあいつらの言うとおり、ちゃんと言っておいた方がいいのか?)

他の男が言い寄っていたとしても、彼女はソロンの恋人ではないのだ。
側に居て好意を表してくれる男に靡いたとしても、彼に責める権利は無い。
今日こそ思い切って気持ちを伝えてしまおうと彼が決意したところへ、見慣れた鎧姿ではなく町娘のように丈の長い白色のスカートを穿いたルインが戻ってきた。
戦闘中は邪魔になるからとアップにしている赤い髪も、今は綺麗におろされていて。
靴も軟らかそうで、冒険にはまず向かない素材で出来ているようだった。
無言で凝視するソロンにはにかむと、ルインはくるりと回ってみせた。
スカートの裾がひらひらとして、花びらのようだ。

「たまにはこんな格好もいいでしょ?」

くすくす笑うルインが、本当は物語に登場する花の妖精ではないかと錯覚する。
酒に強いはずのソロンの頭がくらくらするのは、酒精によるものではない。
とんだ不意打ちに、胸の高鳴りが抑えられない。
思わず見惚れていた事に気づき、慌てて赤くなった顔を逸らしながら言葉を返す。

「そっそうだな。似合ってるぜ、そのスカート……妖精みたいで……………あっいや、何でもねぇよ」
「え〜?もう一回言ってよ」

ルインは不満そうに口を尖らせながら、テーブルを挟んで向かい合う位置に座るソロンの側に立つ。
身を乗り出して顔を近づけた彼女は、未だあらぬ方向を見ている賢者様の頬が赤く染まっているのを確認して、満足そうに微笑む。

「そういえば、アタシに用があったんじゃないの?」
「ああ、そうだったな………」

ソロンは歯切れ悪く応え、勇気を振り絞って彼女に自分の気持ちを伝える事にした。
赤い顔のままルインを真っ直ぐに見据えて、至極真面目な顔で言った。

「お前の事が、好きなんだ……魔法と同じ位に」
「………」
「グランドトリガーよりも熱くタイダルウェイブよりも容赦無く俺の心をかき乱して、プリシードグラビティよりも綺麗でグローディハームよりも包み込んでくれる、そんなお前の事がどうしようもなく好きなんだーっっ」

一気にまくし立てたソロンは判決を待つ被疑者の如き面持ちで、ルインの言葉を待つ。
彼女はしばらくあっけに取られていたが、ぷっと吹き出してけらけらと笑い始めた。

「な、何よもぉ〜っそんな口説き文句ってあるのぉ?」
「……………悪かったな。これが精一杯だったんだよ」

彼女は笑われて不貞腐れたソロンの首に腕を回して引き寄せると、そのまま頬に口付ける。
目を見開く彼を上目遣いで見上げて、悪戯っぽく舌を出す。

「魔法が生きがいのアンタにとっては、最高の口説き文句なんでしょ?」
「まあな」

くすくす笑いながら抱きついてくる彼女の髪を、ソロンは大切なものを愛しむように手櫛で梳いた。
自分の手より大きい彼の手の心地好さに、うっとりと目を閉じてルインは告げる。

「返事は………そうね、アンタがアタシ好みの殺し文句で口説いてくれたらオーケーしてあげる」
「……………今じゃダメなのか?結構恥ずかしいんだが」

いつもは余裕綽々の賢者が、今は赤い顔で困惑している。
それだけ本気で想ってくれているのだと嬉しくなったが、先ほどの告白では足りなくなってしまった。
少し意地悪したいという気持ちが湧き上がる。

「だめ。大体アンタ女の子の気持ちに疎いのよ。もうちょっと勉強してからにしてよね〜」
「それについては返す言葉も無いな。また改めて口説かせてもらうとしよう……………だが、鍵の魔法は俺が改良してから帰るぜ」
「何で?今のでも十分じゃないの」

男心には疎い想い人を抱きしめ、肩に顔を埋めてソロンは言う。

「虫除けだ、虫除け。お前と俺が開けられればそれで十分だ」
「……アンタって、意外と……………まあいいわ。確かにそれで十分だもの」

意外と心配性だった賢者は嫣然と微笑む彼女の頬に唇を寄せ、両手で大切そうに包み込む。
その上にルインが自分の手を重ねると、ソロンは囁くような声で彼女が欲しかった言葉をくれた。

「お前を一人で死なせはしない……ルイン」
「……うん」



後日、ルイン好みの口説き文句を指南してもらうべく、偉大な賢者様は人生経験豊富な女王様の下に教えを請いに行ったそうな………。


-End-


〜後書き〜
ソロン兄さんにとって、魔法と同じくらい好きというのはおそらく最上級の好意だと思います。
このルインちゃんにはソロン兄さんの口説き文句がちゃんと伝わったようで何よりです(笑)
本当は兄さんに「魔法は本妻、あいつは愛人(どきっぱり)」と言わせようかと思ってたのは秘密です(←待て)
普段と違う彼女の姿に思わず見惚れてしまう兄さんが書きたかったので書きました。欲望に忠実な私(笑)

ここまで読んで下さってありがとうございます

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