―精霊の森で月見酒―
四つの世界を支えている大樹ユグドラシル。 それを守るエルフ達が住む、精霊の森の入り口付近にある巨大な岩の上で、一組の男女が月見酒と洒落込んでいた。 精霊の森に近づく人間は、昼間でもまず居ない。 森に住むのはエルフ達だけではなく、凶悪な魔物も多く生息している為だ。 まして夜にこの森を訪れるとあれば………余程の命知らずか確かな腕の持ち主だろう。 そしてこの二人は間違いなく後者だ。 男の方は魔術師と思しき風体で、つばが一部切れているとんがり帽子をかぶっている。 女の方は剣士らしく、鎧を纏って腰には片手剣を帯びている。長い髪は邪魔にならないように上の方でまとめていた。 女が隣で杯をあおる男に、楽しげに声をかける。 「精霊の森で月見酒ってのも、なかなかオツよねぇ〜」 「って……おいルイン、あんまり飲みすぎるなよ?魔物避けの結界は張っといたが、効果があるのは雑魚に対してだけだ。それに………酒乱でまた回し蹴りされちゃ敵わねえからな」 最後の方は小さく呟いたつもりだったが、ルインと呼ばれた女には聞こえたようだ。 酔いが回った赤い顔で絡んでくる。 「なによ〜アタシがいつアンタを蹴ったっていうのぉ〜?ホラホラ、言ってみなさいよソロン」 「………言うと余計に怒るだろ、お前」 酔っ払ったルインの相手は慣れているのか、ソロンは諦めた表情で、よく弾む彼女の体を引きはがした。 しなやかな肢体の若い女―それも酔っている為に目元が何とも言えず色っぽい上、こんな真夜中二人きりで居る時―に抱きつかれた年頃の男が理性を保ち続けるのは結構辛いものがあると、彼女は理解していないのだろう。 賢者とも呼ばれる男は、内心ため息を吐いて自分の杯に酒を満たす。 彼らの周りにはソロンが施したらしい結界の魔法陣が、空にある月のように淡い輝きを放っている。 耳を澄ませば、夜風が精霊の森の梢を揺らして海のさざ波のような音を立てていて、澄んだ虫の音があちらこちらから聞えてくる。 魔術師ではないルインには分からなかったが、高い魔力を持つソロンには精霊たちが月の魔力を受けて嬉しそうにはしゃいでいるのが感じられた。 まるで今隣に居る女剣士のようだと、彼女に気づかれないよう小さく笑う。 普段はヴィルノア王国にあるトゥルゲン鉱山周辺で研究を続けているソロンが、ルインの居る精霊の森に来ているのは訳がある。 多くの精霊が住まうこの森で、今宵のような満月の夜には普段見る事が出来ない月の精霊が現れるそうで、その精霊の魔力が森全体に満ちているのだそうだ。 その魔力を上質の月長石へ集めるために来たのだ。 用事はとうに終わったが、せっかく来たのだからと持参した酒を彼女と一緒に飲んでいたという訳だ。 「ね〜ね〜、もうお酒ないの〜?」 「生憎一本しか持ってきてねぇよ。まったく、俺の分まで飲みやがって」 「細かい事気にしてるとはげるわよ、なーんちゃって。きゃははははっっ」 典型的な酔っ払いと化したルインはすっかり上機嫌で、ソロンの肩を力いっぱいバシバシ叩く。 「いてっ!お前なー、いい加減に酔いを醒ませって………オーディナリー・シェイプ!!」 堪りかねたソロンは、状態異常回復の魔法を使用した。 淡い光が彼女を包み、ルインの体から突然力が抜ける。 慌てて支えると、彼女は眠ってしまったらしく、すーすーと健やかな寝息を立てていた。 小さく苦笑しながらもルインを肩にもたれ掛からせ、ソロンは呟く。 「よかった、ヒヤヒヤしたぜ」 この場合、いつルインの強烈な蹴りを喰らうかとヒヤヒヤした、という意味である。 聞こえているのか、ルインの顔がムッとした表情になったのに気付いたが、構わず続ける。 「まあ……そのおかげで、変な虫が付く心配も無さそうだけどな」 そっと囁いて彼女の寝顔を見つめるソロンの表情は、とても優しい。 もしエインフェリア仲間であるパルティア公国の元女王が此処に居たら、間違いなく冷やかされていただろう。 彼がルインに対して仲間というだけではない感情を抱いている事に、唯一気づいているのだ。 事ある毎に冷やかされているソロンは、かの偉大な女王がこの場に居ない事に安堵する。 「俺がついてる限り、お前を一人で死なせやしないさ………ルイン」 「……………それ、ほんと?」 眠っていたはずのルインがぱっちりと目を開けた。 予想していたソロンは、慌てもせずに小さく笑う。 「やっぱり起きてたんだな」 「ばれてたの?」 「そんないきなり寝るはずがないだろ?魔法で酔いを醒ましたんだから」 「……つまんないの。せっかく驚かせようと思ってたのに、あんな事まで言われちゃったらさ」 拗ねた顔をして見上げてくる彼女に、今度は不敵な笑みを見せる。 「そりゃ残念だったな」 「……………魔術バカ」 拗ねたように口を尖らせたルインの呟きに、何だか可笑しくなる。 「ふっ…ありがとよ。最高の褒め言葉だ」 「ところで、さっきの言葉は本気なの?」 はぐらかされそうになっている事に気付いたルインは、逃げないようにソロンの着ている服を握り締め、先ほど瞳を開ける前の彼の発言の真意を確かめる。 ソロンは彼女の頭をぽんぽんあやす様に撫でると、口の端だけを上げて笑った。 「ま、一連托生ってやつかな。お前とならそれも悪くないと思っただけさ」 「………ありがとう」 「どういたしまして」 友達以上恋人未満な二人の関係は、今後ものらりくらりと続くようだ。 -End- 〜言い訳〜 好きなのに、ソロルイ超難産でございました…!!(涙)やはり要修行ですね。 ブログで書いていた『月』をテーマにした小話を加筆修正して再録しました。 ソロン兄さんとルインちゃんのカップルは結構好きですv まず他所様では見かけませんけど(苦笑) 楽しんで頂ければ幸いですv 2007.12.19 UP |
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